Chris Benoit (1967 – 2007)

[ プロレス ]
2007年6月27日 水曜日


月曜の夜は、涙が出そうだがショックが大きすぎて出てこないくらいの放心状態だった。

カート・アングルやトリプルHの様にファンに対して失礼な態度をとると言われている連中や、リック・フレアーショーン・マイケルズみたいに舞台裏の政治的な手段で多くのレスラー達から非難を浴び続けてきたのとは違い、誰かが彼のことを悪くいうのを聞いたことがなかったし、子供のことを崇拝するかの様に可愛がってたことで有名だった。その分、翌朝警察が発表した死因を読んだ時は疑ってしまった。

所詮テレビに出てる人間だ。プライベートなことなんて判らんし、興味もない。妻と息子を殺し、自分は首を吊るという、悲惨な最期だったらしいけど、実際に彼らがどんな境遇に立たされてこうなってしまったのか、警察が見つけられる物理的な情報以上に色々あるだろうし、今となっては誰にもわからない。今回の事件で、一番苦しかったのは彼自信かもしれないし、そんな苦しみも神にしか理解できないのかも。決して正当化できる行動ではないけど、心に重病があったかもしれない人間に対して「お前は悪い奴だ」と簡単に裁くことも自分にはできない。

というわけで、ここでは彼の死よりも、プロレスラーとしての人生について。

アメリカで活躍する現役のレスラーで、一番好きなのがリック・フレアーと、このクリス・ベノワだった。


ハート兄弟の父親でカナダのカルガリーのプロモーター、スチュ・ハートに入門後、1985年11月にカルガリーでデビュー。その後、なんと新日本プロレスに『留学』し、道場に住み込み修行。テレビの中継で、他の若手達や一緒に留学していたダリル・ピーターソン(=マックス・ペイン)と共にリングの周りをうろちょろしてたのを憶えている。

その直後に自分は留学のため渡米したんで、数年後に獣神サンダー・ライガーのライバルとして来日していた覆面レスラー、ペガサス・キッドの正体がばれるまで、彼の名前を聞くことが無かった。

とはいえ、その頃は日本からの試合のビデオを見る機会が多く、ベノワも好きなレスラーの一人になった。ピーターソンやブライアン・アダムスらの様な同時期に新日本で修行した他の外人選手達よりも、しっかりと新日ファン好みの試合をしていたので、尚更思い入れも大きかった。

90年には宿敵ライガーを倒しIWGPジュニア・ヘビー級王座を獲得。

94年には、団体の枠を超えて行なわれたジュニアヘビー級のトーナメント『Super J-Cup 1st Stage』が開催され、日本のジュニアヘビー級のパイオニアである藤波辰爾が1978年1月にニューヨークで奪取したWWWFジュニアヘビー級選手権のベルトを優勝者に贈呈。藤波がベノワの腰にあのベルトを巻いた時、自分は彼を一人の外人レスラーとして見てたのではなく、「『新日本出身』のこいつが相応しい。」と思った。

その後フィラデルフィアのECWが日本のスタイルの試合を売り出し始めた頃にアメリカでも活躍し始め、WCWではフォーホースメンのメンバーとして活躍し、2000年にWWF(現WWE)へ移籍。その後も、日本仕込みのスタイルで活躍していた。

2004年3月14日、ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで、念願の世界ヘビー級王座を奪取。試合後には同日別の試合でWWEヘビー級選手権を防衛した故エディ・ゲレロが共にリング上に立ち、勝利を称えあう。新日本で活躍中に親友になった二人による名場面だった。エディが生きてたら、こんな大惨事になる前に相談できてたのかも知れないが…。

他の選手達の様にマイクを握ってベラベラ喋ってお決まりのキャッチフレーズでウケてるわけでもなく、試合とは関係ないリング上や舞台裏での茶番の中心になってたわけでもない。それでも会場では彼が入場する度に大歓声で、試合だけで人気を得ていた数少ない選手の一人だった。

そう思うと、新日本や全日本のトップに立って、武藤敬司蝶野正洋のような、かつて『闘魂三銃士』と言われていたにも関わらずテレビカメラに向かって怒鳴りまくったり試合中にオーバーなジェスチャーばかりしてる連中よりも、よっぽど昔の新日本っぽいスタイルを見せてくれていた様な気がする。

自分にとって、ベノワの存在が、茶番ばかりのアメリカのプロレスを見続ける理由になってたことは事実。今は彼のプロレス界での偉業に感謝すると同時に、彼と家族の魂を神様に委ねたい。


カポエイラ

[ 未分類 ]
2007年6月23日 土曜日

友人が最近習ってるらしく、進級式があるとかで、イーストビレッジにある教会まで行ってきた。

カポエイラについては、このサイトに詳しく出てるんで、ここでは省略。読んだら判るとおり、その由来については、不明な点もあるが、どちらかというと踊りとして伝わった部分が大きいらしい。

実際に見るのは初めてだけど、子供達から大人の上級者達までの式と演武が行なわれたんで、かなり長かったが、間にスティックをぶつけ合うダンスなどもあったりで、結構おもしろかった。全体的に(特に初級者達は)確かに踊りっぽいんだけど、一部の上級者達の演武を見てると、実戦でも使えるんじゃねぇかと思ってしまう動きだった。

こうなったら、カポエイラの原型となったアフリカの格闘技とかが、実際どんなものだったか気になってしまう。

最後の方は腹が減ってたまらんかったんで、ビレッジの『蕎麦屋』に初めて行った。まぁ、あれじゃったら誰かのおごりじゃない限り、当分行かんな。

メシ喰って会場に戻ったら、丁度終わったとこだった。サンバもやるとか言ってたが、逃したらしい。


The Gift of Music @ Carnegie Hall

[ 音楽 ]
2007年6月20日 水曜日

なんとか(名前忘れた)って言う、日本人のオペラ歌手が主催らしく、その人の弟子とかが集って、合間合間にプロの人達も演奏するというコンサート。せっかく無料でチケットいただいたことだし、行ってみた。

帰りにうちの教会のSさんに、『麺喰い亭』でラーメンおごってもらった。前回喰った時より美味しかった様な気がする。ただ、閉店20分前だったんで、ゆっくりできなかったかな。今度は別の味のやつを、時間がある時にでもゆっくり喰いに行こう。

…って、コンサートの話だっけ。

クラシックってあまり興味ない。でもたまには生で聴くのもいいんじゃないかと思った。ただ、金払ってまでかどうかは別かもな…。

前から気になってるジャズピアニストの出番があったってのも今回行った理由の一つ。彼の演奏は、またそのうちバーでじっくり聴きたいと思った。


Sky High…again!

[ ニューヨーク / プロレス ]
2007年6月2日 土曜日

このタイトルを見て、何のことかすぐ判ったのは、多分一時期でもプロレスファンだったことがある人なんだろうと思う。

今夜は、ウェストチェスターに住むプロレスファンの日本人男性三人を連れて、ニュージャージー州クリフトンにあるイタリアン・アメリカン・ファミリー・アソシエーションという場所に行ってきた。

なぜそんなとこまでわざわざ行ったのかと言うと、世界中で伝説的なレスラー、メキシコのミル・マスカラスと弟のドス・カラスが来ると聞いたからだ。それも、二人とも結構な歳だが、試合をするという。

マスカラスというと、70年代中期から80年代初期にかけて、日本の男の子達の間ではプロレスファンじゃなくても知られていた程の存在。どんな試合をしようと、生で見れるだけで十分だと思ったんで行くことにした。

会場に着くと、なんと飲み屋の二階にある催し物会場で、せいぜい200~300人分くらいの席しか並べられない程度。こんなとこで本当に、あのマスカラスが来るんだろうかと、一瞬疑ってしまった。

前座の試合の途中、ちょっと後ろを振り向くと、なんとマスカラス兄弟が歩いてた。覆面を被ってるとは言え、体つきと目を見れば、偽者じゃないことくらいすぐ判る。驚いて思わず握手してもらった。

実は先日、主催団体NWAプロの東部プロモーター、リッキー・オタズに、マスカラスが長年日本で入場テーマとして使ってた、イギリスのジグソーというバンドの『スカイ・ハイ』という曲を、「日本のプロレス史で、最も有名で人気のある入場テーマの一つ。よかったら使ってくれ。」ってことでメールで送っておいたんだが、返事がなかったんで、あまり期待してなかった。一緒に行った他の三人には、それを伝えなかったどころか、「あの曲は日本だけのテーマ曲なんで、多分使わないのでは…。」というコメントにしておいた。

だが、リングアナウンサーが紹介すると、なんと実際に会場に流れたのは『スカイ・ハイ』。観客の大半がヒスパニックなんで、入場は盛り上がったが、曲のイントロを聴いただけで大騒ぎし始めたのは、もちろん我々日本人四人のみ。超感動した。試合後リッキーに、「もしかして自分が送ったから?」と聞くと、「そう。お前のためだ。」だと。嬉しいねぇ。


デジカメって、なかなか撮るの難しい。あまりいい写真が撮れなかった。だが、マスカラスもドス・カラスも、しっかり試合をしていた。

トップロープからのダイビングボディプレスが、所謂、必殺技ってやつで、日本で空中殺法を流行らせたのはマスカラス。でももう歳だし、飛べないだろうとみんなで話をしていた。

が、フィニッシュにはなんとトップロープから飛んで、そのまま相手の選手をフォール。やってくれた。

後でプロモーターに聞いたら73歳だと言ってたが、自分が持ってる資料によると来月で65歳。いずれにしても58歳で現役のリック・フレアーに勝るとも劣らない体をしていた。


今回のもう一つの目玉として行なわれたのは、先日NWA (ナショナル・レスリング・アライアンス)TNA (トータル・ノンストップ・アクション・レスリング)の提携解消によって、TNA所属選手のクリスチャン・ケージから剥奪され空位になったNWA世界ヘビー級王座決定トーナメント一回戦の中の一試合、アダム・ピアース対アーロン・アギレラ。アギレラはかつてWWEでJesus(スペイン語読みでヘズース)という名でカーリトのボディガード役をしていた選手。二人とも現在色々なインディ系団体で活躍中の選手なんで、多少期待していたが、それなりの試合をしてくれた。


試合はピアースの勝ち。このトーナメント、多くのファンの予想では、このピアースとブライアン・ダニエルソン (アメリカン・ドラゴン)で準決勝ということなんだが、実際そのとおりになりそうな気がしないでもない。

他の試合は、結構バックヤード・レスリング(鍛えてもないファンが裏庭などでマットを敷いて行なう、かなり危険なプロレスごっこ)に毛が生えた程度の体をしてた連中が多く、試合内容も(業界用語で)しょっぱいのが幾つかあったが、中には将来期待できそうなのも数人いた。それ以前に、冗談抜きで、もしかしたらアメリカのプロレスファンの間で有名なウェブサイト二つを運営している自分の方が、今夜の参加選手の大半よりも、有名なのかも…と、どうでもええことを考えてしまった。

とはいえ、マスカラス兄弟も見れたし、見れないと思ってた技も見れたし、ピアースとアギレラも期待どおりの試合をしてくれたし、全体的には満足。参加選手によっては、また今後もこの団体の試合を見に行ってもええかも。