アフリカ飢餓救済チャリティ・ソング

[ 音楽 ]
2007年9月23日 日曜日

最近うちに来る客達に立て続けにLive AidのDVDを見せろと頼まれて、Band Aid(イギリス)の『Do they know it’s Christmas?』やUSA for Africa(アメリカ)の『We Are the World』といった、1980年代前半にそれぞれの国のアーティスト達が、アフリカ飢餓救済を目的に集って録音された曲を、久々に聴く機会があった。

当時、日本でもかなり話題になってたわけであって、ドキュメンタリーとかも幾つか放送されてた。その中の一つに、色んな国の同目的の曲をクリップで流してたのがあったんで、色々検索してみたら出てくる出てくる。というわけで、紹介してみよう(リンクは曲名をクリック)。

ただし、この類の曲でも代表的な前述の二曲が、純粋に録音中の様子をビデオにしてるのとは違い、これらのビデオの殆どが、プロモーションビデオとしてのみ収録されてるかカメラを意識してるかのどちらかなんで、曲がよくてもビデオを見るとちょっと引いてしまいそうなのが多い。

まず、『We Are the World』のアルバムのB面(懐かしいひびきだが…)の最初に収録されている、Northern Lights(カナダ)の『Tears Are Not Enough』。ブライアン・アダムスが中心になってて、コリー・ハート、ラバーボーイのマイク・レノといった当時人気のあった人達はもちろん、ニール・ヤングやジョニー・ミッチェルといった大御所、そしてなんとオスカー・ピーターソンも入っている。実は、音楽的な部分では、最初に挙げた二曲よりも、この曲の方が好きだというのが正直なところ。

続く三曲は、日本で放送されたドキュメンタリーで、クリップのみ流れてたので、記憶に残ってた。

Band für Afrika(旧西ドイツ)の『Nackt im Wind』は、…なんか、暗い。知らない人達ばかりかなと思ってたら、ネーナだけは判った。

Forente Artister(ノルウェー)の『Sammen for Livet』。さすがにみんな知らない。っつうか、ノルウェーって、A-haしか知らないんだけど、『Take on me』がメチャクチャ売れた年なんで、もしかしたら売れる直前でお声がかからなかったのかも。このビデオ、同期ズレで画像と音声が合ってない。

Hermanos(ラテン・アメリカ)の『Cantaré Cantarás』これは、曲もビデオも悪くないと思った。フリオ・イグレシアスが中心っぽいが、なんと、一回目のサビではフリオとメヌードが共演していて、幼い頃のリッキー・マーティンも出てる。さすがにスペイン語になると、「あ、この人見たことある!」っつうのが数人。

当時NHK-FMでも、アメリカとイギリス以外の曲を流した特集をやってて、その中で、Chanteurs Sans Frontiere(フランス)の『Ethiopie』を聴いた。これもメロディがきれいでええかも。

あと、全然知らんかったけど、こんなのもあったらしい。

Za Milion Godina』 – YU Rock Misija (旧ユーゴスラビア)
Afrika』 – Velgørenhedssangen (デンマーク)
ある国のアーティスト達というのとは別に、ヘビーメタルのアーティスト達もHear ‘n Aidというグループ名で『Stars』ってのをやった。当時は、こういうルックスの人達は『不良』という扱いだったんで、大勢並んでカメラに向かって叫びながら歌ってる光景が、奇妙に見えたという記憶がある。いずれにしても、当時も今もメタル好きじゃねぇからなぁ…。

映像は見つからなかったけど、このリンクを見ると、他にも結構色んな国でやってたらしい。

最後に、飢餓救済じゃないけど、1985年には、南アフリカの人種隔離政策に反対するアーティスト達が集って、Artists United Against Apartheidとして『Sun City』という曲を収録した。ブルース・スプリングスティーンのバックを務めるザ・E・ストリート・バンドのスティーブ・ヴァン・ザントが中心となって、スプリングスティーン、ボブ・ディラン、ジョーイ・ラモーン、U2、キース・リチャーズロン・ウッドリンゴ・スターといったロックやフォークだけじゃなく、マイルス・デービス、ハービー・ハンコック、ロン・カーターなどのジャズ界の大御所や、当時はまだ『発展途上』だったヒップホップのアフリカ・バンバーターやRun DMCらと、豪華なメンバーが揃った曲だった。政治的な色が濃く、ヒットチャートも38位までしかいかなかったらしいが、曲はともかく、面子とビデオでは、この曲が一番よかったかも?


アメリカ先住民祭

[ ニューヨーク ]
2007年9月22日 土曜日

今日は、自分の住むウェストチェスター郡北部にある、ヨークタウンという町のフランクリン・D・ルーズベルト州立公園で行なわれた、『Native American Festival』に行ってきた。よくこの辺は仕事で通り、先日いつものように車を走らせてると看板が目に入り、土・日と二日にかけて行なわれるってことで、結構大規模なのかなと思い、行くことにしてみた。所謂、『インディアン』と呼ばれる、アメリカ先住民のお祭。自分としては、コロンバスが勝手にインドと勘違いしたために始ったこの呼び方はあまり気に入らないんだけど、本人達がインディアンって言葉を使うことも多いんで、まぁしょうがないか。

車で30分くらいのとこにあるんだが、出発する時点で雨が降り始め、途中かなり酷くなったにも関わらず、会場に着くと小雨になり、やがて止んだ。

2時ごろに着いた時には、開会式っぽいのをやってて、多くの人達が行進っぽいのをやってた。もともとダンサー達が入場するのが1時ごろの予定だったはずなんで、もしかしたら雨で遅れたんだろうか。

とりあえず、昼飯を喰ってなかった我々は、並んでる露店をチェック。アリゾナとか色んなとこから来てるらしい。自分は鹿のソーセージを注文したら、なんと$6もするのに、一本をホットドッグにするだけ。美味しかったけど、鹿の肉とは言え、値段が高いような気がした。この近辺って、猟とかで鹿を捕ってきて肉喰ってる人達が結構いるんで、もうちょっと安くてもいいような…。ちなみに嫁さんはインディアン・タコスという、平べったいパンを揚げて膨らましたものの上に、タコスの具を乗せたもの、そしてもう一人連れてきた友人は、コーンと豆ばかりのスープを買った。タコスが乗ってるパンっぽいのは結構おいしかった。物足りない自分は、ワニを揚げたものも注文したが、これまた少ししか入ってないのに$7。美味しいんだけど、こんなに少ないなら、マクドナルドで$1で買える4個入りのチキンナゲットでええかも。

食事を済ませたころには、何故かハワイのフラダンスをやってた。まぁ、それもアメリカの原住民なわけだから、いいんだろうが、その後にはなんと、サモアやニュージーランドなどの南太平洋の民族の踊りもやってた。要するに、ヨーロッパの白人達にほぼ滅ぼされかけた民族のオンパレードか。とはいえ、そういうのを目当てに来たわけじゃないんで、露店を周ることに。

西部とかジョージアとか、結構色んな州から来てる店があり、中には南米の先住民の店などもあり、色んな民芸品が並んでて面白かった。


鷹とかフクロウもいた。なかなかこっちを向いてくれなかったが、なんとか撮れた。

ある程度周ったら、再びインディアンの人達の踊りが始ってたので、今度はじっくり見ることに。


どれがなんていう部族なのかあまりわからんかったが、とにかく楽しかった。ちなみに右の人はチキンのダンスをしてて、足の踏み方といい、結構ニワトリっぽくて面白かった。


ダンサー達の控え室のようなテントでは、パーカッションを囲んだ兄ちゃん達が、色んな部族の音楽を、楽譜もないのにしっかりしたコーラスでこなしていた。


踊ってた人達より、もっと凄いのがいたんで、無断で写真を撮らせていただいた。右の人なんか、派手すぎて、思わず広島太郎(別名・本通太郎……判る人には判る)を思い出してしまった。

テキサスに住んでた時も、インディアンのイベントとか博物館とか行ったりしたけど、今回の方が大規模だった。来年も行ってみようかな。

こうやって自分達の文化を一生懸命守ろうとしてる人達がいると思うと、感動した。


三件ハシゴ

[ 信仰 ]
2007年9月16日 日曜日

夕べは、日本から来てて来月上旬に帰る人とマンハッタンで、サシで飲み歩き、三件周り、終電で帰ってきて、我が家に着いたのが午前3時前。

っつうか、ハシゴってのは、その話じゃなくて…。

友人のTが、最近大学を卒業し、今度InterVarsityというとこでインターンとして仕事を始め、その期間中課題としてfund raisingをしなきゃならないらしく、自分にも何か手伝えればと思って、今朝から日本語教会三件に連れて周った。一件目はうちの教会だが、あとの二件はニュージャージー。うちの礼拝は11時で、あとの二件は2時、4時という、丁度いい時間帯の礼拝だったんで、思い切って彼がちゃんとみんなにアピールできるようにハシゴしてみた。

うちの嫁さんと、Happy Hourの相方も連れてったんで、二件目の教会では、二曲特別賛美を頼まれた。今回やったのは、先日お向かいの黒人教会のイベントでもやった『One Voice』と『Mercy said No』。こうやって、あちらから頼んでくるってのは、ありがたいことだ。

そのTってやつ、三件周って喋ったけど、なんと行く場所でそれぞれ多少違うことを話し、それも違う聖書箇所をそれぞれの場所で読んだ。緊張しながら喋ってたみたいだが、結構しっかりしてるのかもなぁ。いずれにせよ、こうやって神様のために今後働きたいっていう彼の意志を大切にしたかったんで、ちょっと手伝ってみた。

しかし、車で三件も周って、それぞれの教会でちゃんと礼拝にも出席したんで、結構疲れた。っつうか、夕べ遅くまで飲んでたっつうのもあるんだが…。


ロックウェル、タングルウッド

[ 旅行 ]
2007年9月3日 月曜日

今日はLabor Day(日本でいう勤労感謝の日)で休みっつうことで、昨日我々夫婦は、教会に来てる友人二人を連れて、マサチューセッツまで日帰りしてきた。デジカメを持ってったんだけど、結局自分は女三人のためのカメラマンだったらしく(笑)、風景なんぞ全く撮らなかったんで、ここに載せるものがない。

今回の目的は、タングルウッドのセイジ・オザワ・ミュージック・ホールで夏の終わりに行なわれるジャズフェスティバル。連れてったうちの一人がアーマッド・ジャマルを聴きたいとかで、他の出演者にハンク・ジョーンズも含まれてることだし行ってみることにした。

まず、タングルウッドから車で10分ほど離れたとこにあるストックブリッジという町へ。あの、ノーマン・ロックウェルが晩年を過した場所で、以前から行きたかったロックウェル美術館を尋ねることに。

ロックウェルといえば、ニューヨークシティで生まれ、活躍し始めた若い頃の十数年を、1999年以来自分が住んでるウェストチェスター郡で過した。自分の教会があるタカホーという村の駅前にも、以前『Rockwell’s』という、店内彼の絵が並んでるバーがあって、うちの教会の一部の人達の溜まり場にもなってた。ってなわけで、彼の絵が好きというのもあるけど、それとは別の意味でも思い入れがちょっと強い。

彼の絵の多くは仄々としていて、中には社会性が強く激しいものもあるが、そういう作品も含めて全体的にく嫌味を感じない。絵画にはあまり興味なく、知識的にはほぼ無の自分だが、風刺画っぽいもの、部分的に写真かと思わせるくらいのもの、そしてギリギリで白黒っぽいにも関わらず多くの色が使われてるものなど、技術的にも素晴らしいと思った。

約一時間美術館にいて、次はタングルウッドへ。

自分らが買ったチケットは、ホール内の座席ではなく、外の芝生に入るためのもの。みんなピクニックどころか、キャンプでもしに来たかと思わせるくらい、酒や食べ物はもちろん、テーブルや折りたたみの椅子、ロウソク、シート、花瓶、中には本当にテントまで持ってきてる人もいた。

開演まで二時間以上だが、場所を確保するために、シートを敷いて、持ってきたチーズやサラミを切りながらつまんで、早速ワインを空ける。ワインオープナーを忘れたんで、隣にいたグループに借りた。

飲んで喰って喋ってると、二時間なんて、あっという間だ。早速ハンク・ジョーンズの出番。楽しみだ。

…って思ってたら、なんか、歌手と一緒らしい。この歌手、名前は忘れたけど、超『普通』でつまらんかった。決して下手じゃなく、音を外すことがほとんどないくらい上手いんだけど、『味』も『クセ』もなく退屈。せっかくのジョーンズが台無しに思えた。

その次は今回の主役のアーマッド・ジャマル。トリオでの演奏だ。これは結構楽しめた。

…んだけど、こちらも途中からサックスが入り、このサックスの人達がこれまた超『普通』で退屈。でも前半ジャマルのピアノをじっくり楽しめたからよしとするか。

なんだかんだで、楽しいドライブだった。


NWA世界ヘビー級選手権

[ プロレス ]
2007年9月1日 土曜日

nwa-h3.jpg
NWA世界ヘビー級選手権ってのは、1948年7月に、それぞれ各自で違う選手を世界チャンピオンとして売り出してたアメリカ中西部のプロモーター達が、共通した選手権を決めようってことで結成したNWA(ナショナル・レスリング・アライアンス)が認定した選手権で、49年から52年にかけて、アメリカに存在したその他の世界ヘビー級選手権をルー・テーズが統一して以来、1980年代後半くらいまでは世界最高峰と言われていた。詳しくは、どうせWikipediaに行ってもいつもどおりいい加減な情報が多いんで、自分がやってる別サイトを。

色々あって、今のNWAは当時の権威が無いが、最近になって、元・新日本プロレス社長サイモン・ケリー猪木の子分のデビッド・マルケスというNWAのカリフォルニア地区の会員が、全米各地のNWA会員プロモーター達と協力しながら、色んな場所で独自の興行を打ち始めてから、もしかしたらアメリカのインディ・シーンを活性化してくれる存在になるんじゃないかと思えてきた。

先日までアメリカで二番目に大きな団体TNAと提携していて、TNAがテレビでNWA選手権の防衛戦などを放送してたが、5月の提携終了に伴い、空位になり、6月上旬から16人参加の新チャンピオン決定トーナメントを全米各地で行なっていた。

大方の予想通り、本命のブライアン・ダニエルソン(アメリカン・ドラゴン)がプエルトリコで行なわれる決勝でブレント・オブライトと対戦。

…の予定だったが、先日マンハッタンで行なわれたROH(Ring of Honor)という団体での、ダニエルソンがROHチャンピオン森嶋猛に挑戦した試合で目を負傷。プエルトリコのNWAトーナメント決勝では、準決勝でダニエルソンに敗れたアダム・ピアースが代わりにオブライトと対戦。

そして自分が予想(っつうか期待?)してたとおり、ピアースが勝って新チャンピオンになってしまった。

このアダム・ピアースという選手、それまでも試合を見たことがあったけど、実は先日のニュージャージーでの試合を生観戦して以来、多少気になってた選手だった。

試合が面白いというのもあったけど、全試合終了後、ファン達が、色んな選手に握手を求め、さっきまで悪役だったのが笑顔で対応してたりする中、握手してもらおうと手を差し伸べた自分に、『Shut up!』と怒鳴りつけてきたのがピアースだった。昔の悪役レスラーの様に、試合が終わっても会場から出ない限り自分の役作りは忘れないという態度が、かえって新鮮で嬉しく、こっちも怒鳴られても驚かず、わざとニヤッとしたら、喜んでたのが伝わったのか、ウィンクして通り過ぎてった。

アメリカに来て以来、「こいつは将来面白くなりそうだ。」と思えた選手っつうと、実は(知り合いじゃないけど)大学の先輩でテキサスで活躍していたデビュー当時のスティーブ・オースティン以来超久々。

「応援していよう」って程じゃないけど、今後NWAチャンピオンとしてどういう活躍をしていくか、注目していたい選手だ。