備中町の女王

[ 家族 ]
2008年8月8日 金曜日

自分の故郷、東城町に、『備中町(びっちゅうまち)』という地域がある。

岡山県から国道182号線を通り、東城の街に入り、東城川に架かる『大橋』を渡ってから突き当たりの古い旅館までの商店街とその周りの裏通りのことをいう。備中国(岡山県)から備後国(広島県)に入ったとこの市街地だったからそう呼ばれるようになったらしい。

その昔、備中町に、ある夫婦が営む化粧品やシャンプー、石鹸などの美容・健康商品を売る店があった。線香とかロウソク、虫除け関連の物も売ってた。あと短期間だが駄菓子屋やってた時期もあったっけ。結局、何屋と言やぁええか、ようわからんかった。

夫は、陸軍兵として日中戦争にも行ってたということを想像させないくらい、柔和そうで物静かな人。そのせいか、日本人女性としては比較的体が大きく、顔も大きく、おまけに声も大きい妻の方が目立っていた。

その夫婦には7人の子供がいた。それぞれが結婚して子供を儲け孫が16人、やがてその孫達も育ち曾孫も数名与えられた。

正月や盆などの集り事には、その家に、子供や孫達の大半が集結し、まるでどこかの幼稚園の遠足か、あるいは商店街の集会かと思わせるくらい賑やかになり、大宴会が開かれていた。

家族が集らない時でも、店の奥の居間に座ってるその夫婦のとこには、しょっちゅう誰かが遊びに来ていた。多くの場合、備中町のご婦人達で、中年の人達はもちろん、どう見ても孫がいるだろうというくらいの年齢の人達まで、彼女のことを『お姉さん』と呼んでいた。

時には、その人達を呼んで、花札を打ってたこともあった。

日本で『カラオケ』なるものが出始めた頃、早速その夫婦は8トラの専用機を買い、近所の人達を集め、カラオケ大会をやっていた。広島県のローカルTV番組が取材に来たことさえあり、隣の家が会場だったにも関わらず、それを仕切る中心人物として紹介されたのも、やはり彼女だった。

幼い自分にとって、彼女は正に『備中町の女王』だった。

だが、そんな彼女も次第に年老いていった。

今回の帰国では、会話さえできなかった。その夫婦に挨拶に行き、彼女が既に全然声も出ず会話もできない状態だったんで、別の部屋で夫と話してると、奥からかすかな声で、『誰が来とるん?』と聞こえた。再度彼女のとこに行き、今度は手を握り、「尚玄じゃ。帰っとるんで。」と言うと、口だけではなく、マブタも少し動いた。

その前に会ったのは、一年半前の前回の帰国の際。その時は既に寝たきりだったが、意識はまだまだしっかりしてて、会話もちゃんとできてた。彼女と話してると、夫が入ってきて、「うちはそろそろ夕飯じゃ。わしゃぁ昔の人間じゃけぇ、男が女にメシの面倒してやっとるような姿は見られたくないけぇ、悪いが帰ってくれ。」と言う。帰りがてらに彼女に、「でもなぁ、この歳になって、やっと爺さんにメシの世話してもらえるのも、ある意味幸せなんかもよ。」って言ったら、彼女はその日初めて見せた大きな笑顔で、「そうじゃ、そうじゃ。」と返してきた。それが最後の会話だった。

タイミング悪く(?)、自分が今回の帰国を済ませニューヨークに戻ってきてから数日後だった。

でも、今は楽しかったことしか思い出せない。

近所の人達から『お姉さん』と呼ばれ親しまれている姿。

斜め向かいの家で飼われてた九官鳥にまでマネされていた、甲高いが深みもある、うるさいくらい大きな笑い声。

子供や孫を集めての伝説の大宴会の数々。

そして、最後に見せてくれた最高の笑顔。

90年間、お疲れさん。婆ちゃんの孫で本当によかったよ。


Michel Camilo @ Caramoor

[ 音楽 ]
2008年8月3日 日曜日

Caramoorとは、自分が住むウェストチェスター郡の北部、カトナという有名人達が住む小さな町にある施設で、色んな音楽イベントが行われている。

んで、本来、今回のタイトルは、『Aaron Diehl @ Caramoor』になるはずだったんだが…。

アーロン・ディールというのは、もしかしたらアメリカよりも日本での方が有名かもしれない若手ジャズピアニスト。二年くらい前だったか、マンハッタンのセント・ピーターズ教会のジャズイベントに行った時に、彼の、独特なハーモニーと演奏法を聴いて、ぶったまげるくらい感動したのを覚えてたので、今回Caramoorに来ると聞いて是非行きたいと思った。

が、最初からジョージ・ガーシュウィンのプレリュード1~3を連発。その後は、彼が今中心に弾いてると思われる、ラグタイムやレストランのピアニストが弾いてそうな曲が続く。最後の二曲は他に比べてまだ彼らしかった様な気がしないでもないが、初めて彼の演奏を聴いた時の迫力は無い。

売れちゃったから方向性を失ったのか、たまたま最近は『初期のジャズ』に力を入れてるのか、それとも客の殆どが年寄りの白人だから、彼らにウケそうなのばかり選んだのか、よくわからんが、とにかく今回は「ただのジャズピアニストになっちゃった。」という印象しか持てなかった。ニューオリンズ風のも好きなんだけど、別に彼がやんなくても、といったとこだ。

その次に出てきたのは、かつてマイルス・デービス・オールスターズにも入ってたジミー・ヒース率いるビッグバンド。さすがにこっちの方は、年寄りの白人達がメチャクチャ盛り上がってた。時差ボケの自分は半分寝てたけど。

そしてトリ。ドミニカ共和国出身で、このカトナ在住のミッシェル・カミーロ。これまでラテン系音楽にあまり興味を持ってなかったんで、今回初めて彼の演奏を聴いたんだけど、とにかく凄かった。

弾きまくる時には、手が実際に見えなくなるくらい早い。

もちろん、そんな技術的なことだけじゃない。

まるでラテン音楽のオーケストラを、たった一人でピアノで表現しているかのような、迫力あることやってくれると思いきや、突然同じピアノかとは思えないくらいの静かで滑らかなオルゴールかと思わせるような演奏もしてくれる。

どう表現していいのか解らんけど、『ラテン(風の)ジャズ』ってより、『ラテンをジャズトリオで演奏』っつうた方が近いかも。

世界ツアーの真っ只中、ヨーロッパから戻ってきて、次に日本に行く前、会場から車で『6分』のとこに自宅があるから、参加できたらしい。