お疲れさんでした。

[ 家族 ]
2009年4月27日 月曜日


去年の夏に母方の祖母が他界。

秋には、祖父が顎の癌で入院。

何年も前、祖母が倒れて動けなくなった頃から、祖父は、80歳過ぎて初めてメシの世話とかをしていた。どちらかというと、祖母の面倒を見なきゃいけなかったんで、90過ぎてボケ始めてからも、生きる力を保ち続けることができたんだと思う。

そんな感じだったんで、夕べ姉からのメールで知ったが、あまり驚いてない。

十分がんばったよ。ありがとう。今後も二人で仲良くな。


つながり

[ 旅行 ]
2009年4月26日 日曜日

明日の朝はこれまた7:00am出発のフライト。ってことは、レンタカーを返したりするのを考えると、5時過ぎには空港に着いてた方がいい。そういう理由で、ナッシュビル空港のそばのモーテルを予約しておいた。

二泊したマーフリースボロのモーテルをチェックアウト後、近くにあるタイ料理屋で、お世話になった先生と、今回の企画担当だった息子と3人でランチ。先生は、うちらの結婚式の際、うちの両親が旅費や宿泊費を出したがったほどで、本当に世話になった。イベント続きで、あまりじっくり話せなかったんで、ちょうどよかった。

午後にはナッシュビルに向かい、中部テネシー日本語バプテスト教会の礼拝に出席。人数こそは少なかったが、その分アットホームな、いい感じの教会に思えた。「旅の途中に、ちょっと立ち寄った。」ってより、また新しい出会いがあったと思わせるようでもあった。いつになるかわからんけど、もしまたナッシュビルに来ることがあれば、是非顔出したい。

礼拝の後は、同窓会には都合で出席できなかった元ルームメートが、ナッシュビル市内にある、地ビールを出す店3件に案内してくれた。Yazooっていうビール、悪くないかもなぁ。

今回の様な旅行をすると、本当に人との出会いって大切にしなきゃいけないと再確認させられる。テネシーの高校には、いい思い出があまりないんだけど、なんだかんだ言って、何年かごとに、何かが自分をここに連れ戻してるような気がする。


Piano Man

[ 旅行 ]
2009年4月25日 土曜日

今回の旅行の最大の目的は、朝行われた追悼セレモニー。事前にプログラムの中に自分の名前が載ってたら、出番が来るまで緊張しまくると思ったので、本番まで内緒にしてもらっていた。知ってたのは、イベントの企画担当、司会の二人だけ。企画担当したのは、自分が凄く世話になった先生の息子で、自分の5つ下の後輩でもある。実は今回の自分の旅費を学校側から出すようにしてくれたのも彼だ。

セレモニーが始まる直前に、その先生と再会。「あ、あそこにピアノが置いてあるじゃない。弾けばいいのに。ビリー・ジョエルとか…。」と、突然言われたので、「いやぁ、ここ10年くらいは、教会関係の音楽しかやってなくて、あの頃弾いてた曲のほとんどは忘れてて、まず無理。」などと、しらばっくれたりした。

色んな卒業生のスピーチが終わり、そして、亡くなった先生に関するビデオが上映された。ほとんどは、他の人たちからのコメントばかりだったが、最後の最後で、生前の本人のコメントが入ってたりして、ちょっと感情的になってしまった。っつうか、わしの出番まだなのに、これじゃぁ思い切ってできんじゃろうが…。

ビデオが終わり、自分が紹介された。同じテーブルにいた先生に振り向き、「ごめん、さっきの嘘。」とニヤリ。ビリー・ジョエルの『Honesty』をまず弾き語り。そして、ここの校歌と言っても過言ではない賛美歌『Integer Vitae』をアレンジしたもので『Piano Man』につなげた。もちろんハーモニカ付き。当時は英語もろくに喋れず、チャペルに閉じこもってピアノ弾いてばかりだったんで、その頃いた人達は、今でもこの曲を聴くと自分のことを思い出してくれるらしい。

ビリーの曲なんて、前回人前でやったのは、それこそテネシーにいた頃。でもこの日のために、ピアノはもちろんだが、Happy Hourの相方に稽古つけてもらって、歌も練習しまくった。

『Honesty』はなんとかうまくいった。でも、『Piano Man』の最後の方で急に感情的になり、涙が出て、声がつまり、緊張しまくり、かなり間違えてしまった。練習では全然無いくらいにいけてたのになぁ…。

でもまぁなんとか、みんな喜んでくれてたみたいだ。知らない人達までが礼を言いに来てくれたりした。当時の図書室のおばちゃんが来て、「私はこんなこと滅多に言わないけど、あんたは大好きな生徒の一人だったんだよ。」とか言い、すると同じテーブルにいた先生も、「そうよ。今日のようなセレモニーも、あなたが死んだら、同じようなことをしてもらえるはずなんだから。」とか言うもんだから、また涙を流しかけてしまった。

みんなが解散してく中、7:00pmのクラス会まで予定が無い自分は、まずキャンパスを歩いて周ることに。当時住んでた寮を外から眺めたり、教室のある建物や新しい図書館の中に入ってみたり。昔のままの部分ももちろんあれば、新しい建物もいくつかある。

カメラも持ち歩いてたが、自分が写真に残しておきたかったのは、結局この場所だけだった。


放課後、毎日のようにピアノを弾きまくってたチャペル。当時は毎朝8時からで、自分も他の生徒達と交代で賛美歌を弾いてた。今では午前中授業の合間にチャペルが持たれるだけで、賛美歌どころか音楽自体が無いらしい。このピアノも、椅子さえ置いてなかったし、もう誰にも弾いてもらってないんだろうな。

キャンパスを去り、ふと思いついたのが、世界で最も人気のあるウィスキーの一つ、ジャック・ダニエル。この村から1時間以内で行けるリンチバーグという町にあり、高校時代は行くチャンスが無かったんで、せっかくだし行ってみることにした。ナッシュビルまで迎えに行った同級生も行きたいというので連れてった。

リンチバーグの町のバーベキュー屋でランチを済ませ、蒸留所に向かった。ビジターセンターや売店などもあり、しっかり観光地になっている。


工場ツアーにも参加してみた。結構楽しかったが、残念なことに試飲は無い。実は、このムーア郡、ドライエリアといって、酒を売るのが違法の地域。そんな場所で、それもテネシーのド田舎の信号機が一箇所しかないこの町で、世界的なウィスキーが造られているのも凄い話。

リンチバーグを後にし、再びベルバックルへ。夕べ二次会をやった友達の家でくつろぐことに。試飲ができなかった我々二人は、早速ジャック・ダニエルをロックで一杯もらった。みんなで外に座って喋ってたら、その家の友人が、「そうだ。ヒサハル、ピアノ聴かせてくれ。」と言うもんで、家の中に入った。なかなかいいベイビーグランドが置いてあった。数曲弾いたり、ロックっぽいのを連弾でジャムったりした後、彼が一言。

“Hisaharu, you’re the piano man!”
素直にうれしかった。

夜は、これまた別の同級生の家でクラス会。同級生に限ると、夕べの全体同窓会の方が多かったけど、別の年の卒業生や配偶者とかも来て、これまた楽しかった。


同窓会

[ 旅行 ]
2009年4月24日 金曜日

高校卒業から、早くも20年が経ってしまった。

朝は、自宅を3:30am過ぎに出て、ホワイトプレインズ4:00am発の空港行きシャトルに乗り、ラガーディア空港で2時間暇を過ごし、途中ワシントンDCで飛行機を乗り換えて、10:00am前にはナッシュビルに着いてしまった。学校でのイベントは5:30pmからだし、30分くらい離れたとこにあるモーテルには1:00pm以降でないとチェックインできないし、ナッシュビルの街を歩いてみることに。

早速、Country Music Hall of Fame & Museum (カントリー音楽の殿堂・博物館)へ。やっぱ、ニューヨークとは違い、駐車代が安い。$5、$6で一日中ってのが結構ある。サイトを見るとわかるが、建物がかなりでかい。


左は現代カントリーの父と言われるハンク・ウィリアムスのジャケットとギター。右は、代表曲『黒服の男』(Man in Black)で有名なジョニー・キャッシュの黒服。

他にも昔の多くのミュージシャン達の映像や、ゴールドやプラチナなどのレコード売り上げの盾、殿堂入りした人の銘板などが、並んでて、カントリーファンは、是非行ってみるべき場所だと思う。

また、ダウンタウンのブロードウェイには、多くの飲み屋が並び、その中の半分以上で生バンドがカントリーやサザンロックを演奏している。

ランチを終え、一度30分くらい離れたマーフリースボロへ行き、モーテルにチェックイン。1時間程仮眠をし、再び、同級生の一人を迎えに行くためにナッシュビルのバスステーションへ。さすがグレイハウンドバス、1時間以上遅れやがった。そして高校のあるベルバックルという村まで即行。

20周年なのに、期待してたほどは集まってなかったもちろんうちらの学年以外にも、1940年代からの卒業生達や、元教職員達もいたりして、それはそれで楽しかった。

同級生は数人しか来なかったが、一つ安心できたのは、みんなキャラ的にはあまり変わってなかったってこと。静かなのは今でも不気味なくらい静かだし、人の話を聞かずに喋りまくって奴は、相変わらず。

学校でのディナーの後は、近所にすむ同級生が新築した家で二次会。でも自分は次の日の朝の演奏があるので、早めに引き上げた。


テネシーへ…

[ 旅行 ]
2009年4月24日 金曜日

今週末は、自分が卒業した高校の同窓会。うちらは今年が20周年なんで、盛大にやるらしい。

今日7amの便で、あっちに10am前に着く。だが、プログラムは5pm頃まで始まらないんで、もしできたら、Country Music Hall of Fame(カントリー音楽の殿堂)とか行ったことないんで、時間潰しに立ち寄ってみるかな。

土曜は朝から、1月に亡くなった先生の追悼セレモニー。なんと自分がピアノ演奏を依頼されたので、どうせならと思って、もっと面白そうなことを考えてる。うまくいけばええけど。

日曜は、時間が余りそうだし、ナッシュビルの日本語教会の礼拝にでも顔出してみようかな。

帰ってくるのは月曜。これまた7amの便なんで、かなり疲れそう…。

まぁ、正直いい思い出よりも嫌な思い出ばかり頭に浮かんでくるんだが、あそこでの生活がなかったら、今の自分はありえなかったわけで、20周年とか追悼セレモニーでの演奏とか行く口実もあるし、自分の中でケジメをつけるのにもいいのかもしれない。