半日修養会

[ 信仰 ]
2009年6月28日 日曜日

今日は、礼拝の後、うちの教会と、近所にある別の日本語教会ニュージャージーにある教会と合同で、半日修養会をした。

三教会のそれぞれの牧師が別々のセッションで、少しだけ語り、それを基に、みんなで黙祷する。その合間に、スモールグループでディスカッションを入れたりで、なかなかいい集会だったと思う。

夕方には、集まったみんなで、教会の裏庭でBBQ。今月の初めには、教会のピクニックで近所の海岸のそばの公園で、そして来月末には、毎年恒例JCFN New YorkのBBQパーティと、BBQ続きだが、それはそれで楽しい。

多分5~6の違う教会から、30人くらい集まったんじゃないかな。

今後もこういう集会を続けていけたらと思う。


Happy Hour @ JAKU

[ Happy Hour / 信仰 / 音楽 ]
2009年6月18日 木曜日

今夜は、JAKUという集会で演奏。Japan And Korea Unitedの略で、マンハッタンで、日本人と韓国人が一緒になって、メシ喰いながら交流を持とうというクリスチャンの集会。うちの教会の牧師が特別に招かれ、メッセージをし、Happy Hourも特別賛美をした。

実はこの集会、去年の10月に頼まれたんだが、主催者の一人が手術しなきゃならないとかで、それっきりになってたんで、今回頼まれてうれしかった。

時々この集会には行くんだが、今日は見慣れない人達が…それも日本人でもなければ韓国人でもないのが…多かった。この集会を主催している牧師でさえ知らないという人達が一挙に入ってきた。後で聞いたら、統一協会の人達らしい。いやぁ、集会の名称で勘違いしてきたのか、ただ日本人や韓国人が集まってるという理由でクリスチャンということも知らなかったのか、あるいは、時々あるケースの様に、わざわざクリスチャンの集会で出向いて引っ掻き回してるだけなのかよく判らんが…。もちろんそういう人達にもどんどん伝道していくべきなんだが、例によって集会後、その人達が色んな集会やビジネスの案内・名刺などを配りまくりで、そればかりに時間を取られ、せっかく普段会わない他のクリスチャンの人達の交流にあまり時間を割くことができなかった。

それはさておき、今回の曲目は、

  1. Lord’s Prayer (Carribean version)
    [自分が自己紹介]

  2. God Bless You (日本語)
  3. “He’s Got a Way”
    (ビリー・ジョエルの『She’s Got a Way』の替え歌)
  4. One Voice

反響はよかったと思う。やっぱ、どんどん日本人以外の人達のとこで演ってきたいしね。

さて、次は7月6日のVIP集会。6曲くらいの予定。


今夜のWWE RAWで…

[ プロレス ]
2009年6月15日 月曜日


C・M・パンクが、左腕のバンデージに、それも緑で…。

公式サイトのトップページには、写真も載せていた。

さすがpuroresu通。ありがたい。

桜庭和志の次の試合(…っていつだ?)での入場に、ちょっと期待したりもする。


三沢光晴 (1962 – 2009)

[ プロレス ]
2009年6月13日 土曜日

三沢光晴
週末にも関わらず、朝からアメリカでもプロレスファン達がネットで大騒ぎしている。自分も、土曜の朝なんで結構眠いはずだが、さすがに目が覚めてしまった。

未だに清志郎ショックを多少引きずっとるっつうのに…。

このページにも書いてるが、2007年11月、マンハッタンで三沢光晴の試合を見る機会があった。プロレスファンじゃなくても、『二代目』タイガーマスクだった人と言うと、多分わかるんじゃないかと思う。

今朝、起きてすぐ、まだボケェ~としながらも、ブラウザを開いて最初に表示されるページに、三沢が心臓の問題で試合中倒れたと書いてあった。そのまま嫁さんが何か用事で色々話しかけてきてたんで、途中までしか読んでなかったが、一緒に試合を見に行った友人から電話がかかってきた。

「倒れたらしいじゃん。田辺さんなら何かもう少し詳しいこと知ってんじゃないかって…。」

即、他のサイトもチェックすると、『死亡』と書いてある。

観客の中にいた医者がリング場で心臓マッサージをした際には、一度は脈が戻ったという。

でも、観客の中の医者って…? NOAHぐらいの団体になると、リングドクターが常備待機しとるわけじゃなかったんか? 別にリングドクターがいたらと言って大丈夫だったってわけじゃないんだろうけど、これだと、選手に対する日頃の健康管理に対しても疑問が持たれる。ただでさえ、先日どっかの小規模団体で選手が死亡し、NOAHや老舗の新日本プロレス、全日本プロレスといったメジャー団体が、選手のライセンス制度導入を発表したばかりだ。でも三沢はそのNOAHの社長だったわけで…。まぁ、その分他の選手とは別の部分で多忙だったはずだし、最近、地上波テレビの放送もなくなったし、色々大変だったんだろうなぁ。それが健康にも影響してたのだろうか。

なんか、半分放心状態なんで、上手く書けん。

ニューヨークに来た際には、マンハッタンで会場からブロックを半周する以上の、主に現地のファン達による長蛇の列を作らせた。アメリカのファンにとっては、それだけの伝説的な存在だった。

別にファンじゃなかったけど、選手としても団体経営者としても、日本プロレス史を語る上で欠かせない人物。

偉大な功績に感謝。

RIP…


ラジオ

[ 音楽 ]
2009年6月3日 水曜日

忌野清志郎が亡くなってから早くも一ヶ月経っちゃったけど、彼の書いてきた曲を色々思い出してたら、あることに気づいた。

やたらとラジオに関連した曲がある。事実、葬儀の最後に流れてたのも、今月最後のシングルとして発売予定の『Oh! Radio』だったという。

今や、ネットとか『on demand』式放送などで、CDじゃなくても自分の好きな曲を聴きたい時に簡単に聴ける時代。

でもラジオって、こっちが『受身』の状態なんで、「こんなええ曲あったんか。」という発見もあれば、「このタイミングでこの曲が流れてくるとは…」ってな感じで、運命的なものを感じることもある。もちろん、ラジオ局にリクエストして、誰かに聞いてもらうという伝え方もある。

小学校高学年から中学にかけては、隣の部屋に寝てる婆ちゃんに内緒で、こっそりイヤホンで深夜番組を聴いたもんだ。

RCサクセションの曲の多くを、自分が初めて聴いたのもラジオだった。

『スローバラード』や『ドカドカうるさいR&Rバンド』は、NHK-FMの特番でやってたRCのライブ。

『トランジスタラジオ』は、小学校の頃だったか、文化放送で中森明菜がやってた『ひとつめのサヨナラ』。

自分の母は、FM局の番組を録音して、オールディーズやクラシックロックをよく聴いてた。

そんな洋楽好きの母親の影響があったとは言え、このページを含め何度も書いてるとおり、本格的に自分が音楽にはまったのはビリー・ジョエルがきっかけだが、彼の曲を最初に聴いたのは文化放送の『ミスDJリクエスト・パレード』。

そういえば、中二の夏、『オールナイト・ニッポン』の特番で、パーソナリティの薬師丸ひろ子が、「カラオケで歌うのが好きな曲」として流した時、『津軽海峡冬景色』の良さを再認識した。

他にも色々あるんだけど、ラジオで出逢った曲として一番印象に残ってるのは、大石吾朗の伝説の番組『コッキーポップ』で、80年代初期にテーマ曲として流れてた『まりおん』というグループの『SEA(うみ)』。この曲には12~13歳という幼い自分も感動させられた。


普段は運転中にCDもよく聴く自分だが、なんだか、ここんとこ数日は、ずっとラジオばかり流してる。

音楽を作っていくということはもちろん、その伝わり方に関しても、清志郎は考え続け、ラジオに拘ってたんだろうと思う。