拝啓、エヴァ・キャシディ様

[ 音楽 ]
2010年5月27日 木曜日

エヴァ・キャシディってのは、1996年に33歳の若さで亡くなった歌手。ワシントンDC郊外の出身で、地元では結構活躍したらしいが、生前出したアルバムは一枚だけで、全国的には無名だった。

だが没後数年経ってから、なんと海の向こう、BBCで彼女の曲が流されたことから、イギリスでヒット。そして2001年、ABCでドキュメンタリーが放送されてからアメリカでも人気を得たらしい。

この国で最も有名なオーディション番組で、『American Idol』ってのがある。今年で9年目だが、実は今シーズン初めて見た。確か初日は、その人気番組とやらに、どんなつまらん連中がテレビで恥をさらしに出てくるのかってのに興味があって見てたような気がする。

だがシカゴでの予選、その中の一人、すげぇ気になったのがいた。

その24歳の子は、予選通過はもちろん、ハリウッドでのトップ24選出にも残った。これまでこの番組を見たことがなかった自分も、彼女が脱落するまで、見続けることにした。ちなみに、彼女自身、この番組を見たことがなく、シングルマザーとして、一昨年生まれた息子に、「自分が通ってきたような生活をさせたくないから。」という理由で出たらしい。

この番組って、ティーンや学生などの子供達が見るポップスやR&B中心の番組だと思ってたし、実際に優勝して活躍してるのも、自分からすれば、ミーハー向けの歌手が多い。その割には、今回上位に残ってる中には、それっぽいのが少なかったような気がする。純粋にロック系っぽいのも何人かいた。

その中でも、クリスタル・バワーソックスには圧倒された。ジャニス・ジョプリンやボニー・レイットの力強い響きやブルース風のシブさを受け継ぎつつも、時折、優しさのある歌声で聴かせてくれるっつうか。

彼女が決勝まで残った時点で、多分優勝はしないんだろうな…と思った。っつうか、優勝してほしくなかったってのが正直なとこか。どうせこの番組を見てるのは、彼女の歌では喜べそうにないガキどもの方が多いと思ったからというのもあるが、それ以上に、充分彼女の能力を全米に見せつけることができたんだから、『アメリカン・アイドル』などという肩書きが邪魔臭くなりそうだったからだ。

夕べ結果発表が放送されたが、案の定彼女は準優勝。そりゃぁそれでええ。クリスタルは今後も充分やっていけると思うし、優勝した方は、声はいいが、いつもビビった表情だしカリスマのかけらもないんで、どっちかというと、そいつの方が何らかのタイトルが必要だと思う。

そのクリスタル、これまで影響を受けたのは、前述のジャニスやレイット以外にも、メリッサ・エスリッジ、アレサ・フランクリン、シスタ・オーティスなど、往年の名アーティスト達。そしてエヴァ・キャシディもその一人らしい。

エヴァの遺族による公式サイトには、一生懸命頑張っているローカルアーティスト達のライブへ行き、そして気に入ったら本人達にそれを伝えて応援するように呼びかけられている。

そんな中で、エヴァの遺伝子を持って、ドサ周りから全国レベルに出てきたのが、クリスタルなのかもしれない。

ある人が、「エヴァにとって悲劇なのは、若くして死んだということよりも、今の人気を生前経験することができなかったことかもしれない。」って言ったらしく、実際そうなのかもしれないんだが、今の自分の気持ちを、よく使われる英語の表現で言わせてもらうと、「Eva would have been proud of Crystal.」、日本語だと多分「(もし生きてたら)エヴァもクリスタルのことを誇りに思ってたはず。」ってとこかな…。

実際、現時点で、多くの人達が既にクリスタルとエヴァを比べている。自分も、エヴァの名前くらいは聞いたことがあったが、これまで集中して彼女の曲を聴くことがなかった。彼女の音楽が、クリスタルの人気によって、今再び多くの人達に注目を集めようとしている。

そういう理由も含めて、クリスタルには、レコード会社の圧力や持病の糖尿に負けずに、これまでどおり好きな音楽を続けていける環境の中で活躍してほしい。


本当の聖書って…

[ 信仰 ]
2010年5月26日 水曜日

聖書というよりも、『キリスト教』とかいう『宗教』に、ここ数年凄く疑問を持っている。疑問どころか、『キリスト教』なんかどうでもええけど、『クリスチャニティ』はしっかり持っときたい、というのが正直なところ。それはこれまでこのブログや、信仰の証(左のメニューの『Jesus』を参照)にも書いてきた。

(ただ、その『Christianity』でさえ、いかにも自分達がクリスチャンの代表かのような振舞いをしながら他を否定しまくってる多くのアメリカ人のおかげで、実にウザい言葉になっているのも事実なんだが、それと今回のネタとは別として…)

また、韓国では人口の26~27%がクリスチャンで、中国でさえイエスを信じる人が増えてるらしいのに、なぜ日本では何百年経った今も1%以下なのかと、考えることも多い。仏教だって外国の宗教だし、中国や韓国の例からして、「西洋の宗教だから」ってのは通用しない。結局、日本の文化にアレンジされなかったからではないかと、ここ数年感じている。実際、クリスチャンの多くでさえ、『西洋の宗教』って思ってる人が多いんじゃないかと思う。

日本人の大半が知ってる『キリスト教』ってのは、今で言う中近東で生まれ育ったイエスの教えが、欧米経由で日本に伝えられたものだ。イスラエル辺りから出てきたのが、東洋の端っこにある国に伝わった時には、既に西洋化されていた。イスラエル以外の文化でも受け入れられたってことだ。実際、他の文化でもそうだったわけで、アフリカ系アメリカ人を見ると、ゴスペル音楽でも知られるように、彼ら独自の賛美や説教の方法を持っている。また、韓国人教会ってのも、独特の雰囲気を持っているという。両方とも、元々は西洋経由だったかもしらんが、彼ら自身の教会文化がある。では、日本じゃ不可能だったんだろうか。

確かに日本語の聖書を読むと、長年クリスチャンやってる自分でさえ、「これじゃぁ判り難い」って思うことが多い。それ以上に問題なのは、後述のビデオで聞き手の人が言ってるように、聖書に書いてある言葉を、どういう訳であろうと、そのまま『神の言葉』として捉えようとすることが多いってこと。それって、凄い危険なことだと思う。日本語と全く違う言語形態のものから、強引に日本語に訳し、誤解を招いたり、実際英語の聖書と比べても意味が違うとしか思えない場合もあるからだ。また、その人が言ってる様に、イエスというと、遠方の白人が日本語聖書に書いてあるような丁寧な話し方で喋ってるような印象を持つことが多いが、これだと、いつまでたっても身近な存在に感じられない人が多いはず。

先日、東北弁に訳され朗読されている聖書のCDってのを、友人に聴かせてもらった。どうやらギリシャ語から直接翻訳されてるらしい。別に自分は『耶蘇教和風化運動』を呼び掛けてるわけじゃないが、なんとなく、それっぽいことが起こればいいという理想があるわけで、山浦玄嗣氏の読む『マタイによる福音書』を聴いてると、そのヒントを見つけたような気がした。

ところで、自分の名前同様『玄』と書いて『はる』と読むのって、今まで殆ど見たことがない。まぁ、そりゃぁどうでもええとして…。

山浦氏による東北弁『ヨハネによる福音書』の解説の前に、まず別のビデオを。

以下は山浦氏へのインタビュー。教会の先生が曖昧な返答しかしてくれなかったってのも、いかにもよくありそうな話。結局「こう書いてあるから、こうなんです。」という、「宗教は人に考えるのを止めさせる」ってのが多いってことなんだろうか。


特に、後半の3分50秒あたりからは、このビデオのポイントそのものじゃないだろうか。

時々方言で書かれた聖書を見るが、それはそれで『翻訳』した人達の努力も凄いと思う。とはいえ、書いてあるという理由からか、なんか、わざとらしさを感じる。だが、こうやって、ギリシャ語から直接その方言に翻訳し、尚且つ朗読されると、伝わり方が全然違う。

アメリカに来て、英語を学びながら実感したのは、言葉と文化って一緒について周るってこと。アメリカの文化を知ろうとせずに、アメリカの英語は学べない。他の言語も同じはず。ヘブライ語やアラム語、ギリシャ語といった外国語で書かれ、それらとは違う語圏の人達によって日本に伝わった聖書を、本当に日本人に理解してもらいたいなら、やはり変なフィルター抜きで、伝わり易い言葉で語られることが大事なんだろうな。


ラッシャー木村 (1941 – 2010)

[ プロレス ]
2010年5月24日 月曜日

連続してプロレスネタになってしもうたが、今日はさすがに外すわけにゃぁいかん。

自分がプロレスを毎週見るようになったのは、1980年の夏。広島県には東京12チャンネル(現・テレビ東京)系列の局が無く(っつうか、全国的にあまりない)、国際プロレスの存在は雑誌や本でしか知ることがなかった。

数年前にリリースされたDVDボックスセット『伝説の国際プロレス』や『不滅の国際プロレス』で、初めてゆっくりとラッシャー木村の国際時代の試合を見ることができた。面白いけど、確かに華が無い。

初めて木村をテレビで見たのは、国際プロレス崩壊後、1981年9月23日、田園コロシアムで行われた新日本プロレスの大会での出来事。新日との対抗戦に備え、緊張感のある会場で、木村はマイクを握り、丁寧に挨拶し、観客の失笑をかった。後にビートたけしのネタにもされて有名になった『こんばんわ事件』である。

それ以後の木村は、猪木相手に悪役を演じた。小学生だった自分は、本当に木村は悪い奴だと思い込んでた。ファンが自宅に石を投げたりして、犬がノイローゼになって死んでしまったというのも、雑誌のインタビューで読んだ記憶がある。

結局猪木の相手として使い物にならなくなると、UWFの旗揚げに参加。このUWFという団体自体、怪しい理由で発足し、ここでも木村は利用されて終わったような気がしないでもない。

その後ジャイアント馬場の全日本プロレスに、当初は馬場のタッグパートナーとして参加するも、結局直後に馬場相手の悪役に。とはいえ、中堅どころのコメディマッチでマイクを握っての、馬場や他の選手達に対するコメントが、木村を全国的に人気者にしたというのも事実。

多くの人達が言うのは、ラッシャー木村という人間は、物静かで、本当にいい人だってこと。そんな人が、リング上では悪の限りをつくしたり、マイク持って喋ってたりした。

70年代かそれ以前からプロレスを見てる人達にとっては、いつも金網の中で血まみれで試合をしていた印象が強いんだろうな。

90年代以降にプロレスを見始めた人達にとっては、マイクを握って笑いを取ってるオヤジってとこなんだろうか。

だが、国際プロレス崩壊寸前にプロレスを見始め、80年代後半に日本を出た自分にとっては、なんとなく哀愁漂うレスラーという感じがする。だからこそ、いつも気になる存在でもあった。

たくさんの思い出に感謝。

RIP…


獣神サンダー・ライガー in Rahway

[ ニューヨーク / プロレス ]
2010年5月22日 土曜日

今夜は、ニュージャージー州ローウェイで行われたJAPW(ジャージー・オール・プロ・レスリング)というプロレス団体の大会を見に行った。

この団体の試合は見たこともないし、Rahwayという町自体行ったこともなかったが、あの獣神サンダー・ライガーが来るというので、いつも一緒に行く友達プラスそれぞれの嫁さんの、計6人で行ってきた。ちなみにうちの嫁さんにとっちゃ、これがプロレス初観戦。

初めての団体とはいえ、この辺の中規模団体ってのは、大体同じような選手が出るんで、全然知らない顔ぶれってわけでもなく、そのうえ、最近連続してウェストチェスターで見たような、普段あまり興行やってない団体とは違い、十年以上やってるとこなんで、それなりにまとまってた。ちゃんと8時に始まり、11時に終わった。

前半、日本の団体『ZERO1』でも常連のスティーブ・コリノが出てきて、エディ・キングストンという選手と試合。コリノ、やたらこっちを見てるなぁと思ってたら、試合の途中で、こっちに向かって叫んでる。最初は、スペイン語で「mucho」って言ってんのかなと思ったら、よくよく聞くと、我々日本人に、「もう一丁!」と叫んで欲しかったらしく、それに気付いた自分は、思わず本人に向かって、「Oh, now I got it! (あ、やっとわかった。)」と叫び、リクエストに答えてしまった。直後にコリノは負けたんだが。(笑) まさか、その日本人の一人が時々メールをやり取りしてる相手だとは、本人も思ってなかっただろう。

セミファイナルは、なんでも有りのタッグマッチで、ネクロ・ブッチャーが登場。映画『The Wrestler (レスラー)』で、ミッキー・ロークの演ずる『ランディ・ザ・ラム』と血みどろのデスマッチをやってた、髭もじゃのおっさんといえば、覚えてる人もいるかもしれない。なんか、試合の半分以上が場外乱闘で、終いにはうちらも各自椅子を持ったまま逃げ回ってた。ちょっと乱闘が長すぎたかな。

セミが終わると、場内は、ライガーへの声援で盛り上がる。そりゃそうじゃろ。90年代が全盛期だったかもしれないが、多くのファンにとっちゃぁ、生で見るのは初めてのレジェンド中のレジェンド。相手は何度も来日しているホミサイド。場内の声援は二つに分かれるが、ややライガーの方が上だったような。最終的にはライガーが負けたけど、試合後、ホミサイドは選手の殆どをリングサイドに集め、マイクでライガーに対する敬意を表す。音響が悪いんで、あまり聞き取れなかったけど、「あなたがいたからこそ、我々はここにいる。」っぽいことも言ってたかな。最後はライガーにマイクを渡し、「Thank you, America! Thank you very much!」でシメ。

他の試合も含め、全体的にバランスが取れてて、よかったと思う。一時間運転は面倒だが、でも誰が出場するかによっては、また来てみてもいいかも。

ところで、休憩時間中、一緒にいた友人の一人が、$20払うと控室にいるライガーと一緒に写真撮れるってことで、「みんなで一緒にどう?」と誘ってくれたもんで、6人でぞろぞろと部屋に押し寄せてった。

ここからは同郷の人にしかわからんネタなんで、適当にスルーしていただければ。

Hisa「一つ質問していいっすか?」

ライガー「あ、はい、どうぞ。」

H「海田(広島市の隣町)にいらっしゃった時、ジムかなんかで一緒だった、Iさんって覚えてます?」

まさか、ニューヨーク近辺でいきなり超地元ネタで話をふられるとは、本人も思ってなかったのか、驚いてるっぽい。

ラ「海田? 海田には高校の時にいてねぇ…」

H「はい、その頃、ジムかどこかで、Iさんって方、いませんでした? 空手やってる人で…」

ラ「あれ? Iさんだったら空手じゃなくて…」

H「あ、ボディビルかも。」

ラ「あ、そうそう。あれ、でも…、え!?」

H「友達なんですよ。同じ町で。」

ラ「うわ、世の中狭い! よろしく言っといてください。」

満更無理して話を合わせてくれてた雰囲気でもなかったし、結構本気で驚いてるような感じだったんで、おそらく本当にIさんは覚えてもらってるらしい。(笑)


西村修と武藤敬司が…?

[ プロレス ]
2010年5月21日 金曜日

今日の夕方(現地時間)、国民新党からの夏の参院選出馬を前にして、全日本プロレスの西村修が武藤敬司社長と共に、なんとなんと、我が故郷東城まで街頭演説しに行ってたとか。広島県北が亀井兄弟の地元ってこともあるんだろうが…。

いやぁ、別に二人ともファンっつうわけじゃねぇけど、見に行きたかったのぉ~。