RIP – 山本小鉄

[ プロレス ]
2010年8月28日 土曜日

さすがに今回は驚いた。元気そうにしてるとばかり思ってたからだ。

自分がプロレスを見始めたのは、彼が引退してから2、3ヵ月後くらいだったので、リアルタイムでの、彼のレスラーとしての活躍は見たことがない。自分が覚えてるのは、『鬼軍曹』という異名で新日本プロレスの道場で若手をしごいてたという話と、レフリーとして、そして何よりも毎週金曜夜8時から古館伊知郎との名コンビで実況席で解説者として活躍してた姿だった。特に、リング上で問題が起きると、審判部長でもあり新日の重役でもあった彼が、「古館さん、ちょっと待ってください。」と一言残し、リング上に駆け上がる姿は、ファンはしっかり覚えてるはず。

当時、アントニオ猪木のマネージャーだった新間寿が、新日を辞めてから何年も経った後、再び新日のリングに上がり、挨拶の中でこんなことを言ったことがある。

「かつて新日本には、三人の鬼がいた。リング上の猪木、道場の小鉄、フロントの新間。」

…とかまぁ、それっぽいことだったと思うが、それを聞いた時、やっぱ、昭和の新日ってのがよかったと、再度実感した。

実際、藤原組長や佐山聡(初代タイガーマスク)、前田日明を含む、新日の初期くらいから獣神サンダーライガーあたりまでの選手は、殆どが若手時代に山本小鉄の特訓を受けた。

これで、1972年の旗揚げ当時にいた面子が、全て新日からいなくなったことになる。まぁ、自分の中では、とっくに昔の新日じゃなくなってんだが。

決して選手としては大きな活躍をしてなかったかも知らないが、猪木時代の新日を支えた重要な一人だ。

RIP…


運勢なんて…

[ 未分類 ]
2010年8月27日 金曜日

超久々にフォーチュンクッキーに関するネタ。Facebookをフォローしてくれてる人は、タイトルだけでわかったと思うんで、無視していただいて結構。

一昨日、昼メシ喰いに出かけようとしたら、会社にいる嫁さんから電話がかかってきて、近所のチャイニーズレストランへ一緒に行こうとのこと。

その店、歩いてでも行けるとこなんだが、平日でも中国人の客が多かったりして、なかなか美味しい(と自分は思ってる)。

んなことより、いつものとおり、メシ喰ってお勘定もらう時に、フォーチュンクッキーも持って来てくれたわけだが、嫁さんのクッキーの中に入ってたのを見て、二人で笑ってしまった。

最近のバージョンのWindowsでは、殆ど見なくなったが、DOSとか初期のWindowsでは、かなり頻繁に表示されてたエラーのパロディ。日本語に訳すると、こんな感じかな。

運勢が見つかりません。
中止、再試行、無視?


わしだけかのぉ…。

[ わしだけかのぉ…。 ]
2010年8月25日 水曜日

SMAP

香取慎吾

香取慎吾を見る度に、

昔ジャニーズ事務所で野村義男とTHE GOOD-BYEっつうバンドやっとった

曽我泰久

曽我泰久を思い出すのは?


そして一年後…

[ 家族 ]
2010年8月15日 日曜日

では昨日の続き。

昨年、母が亡くなったと連絡が入った時、直感みたいなもんがあって、思わず嫁さんに、「なんか、そろそろガキ一匹くらい、できそうな気がしてきた。」と言ってしまった。

昨日(14日)は、母の命日だったわけだが、検診の予約を入れてたため、嫁さんをマンハッタンまで連れて行った。

画面に映し出されてたのが、かすかに見えた。まだ1cmほどらしいが、心臓の鼓動もしっかり聞こえた。医者のアシスタントと思われる姉ちゃんは、『a little bean (小さな豆粒)』みたいなもんだとか言ってて、それが一般の表現らしいが、自分には豆粒というより、なんとなく『bug (虫)』のように見えた。

正直、気持ちは複雑。何年も祈り続けてきて、やっとか…という感謝も喜びもあれば、自分がガキの頃、親や家族に対してどうだったかを考えると、親になるのがちょっと恐い気もする。

こどもができると仲が悪くなる夫婦も多いと聞いたことがある。これまでうちら夫婦のために祈ってくれてた方々、これからも祈っていただけたら嬉しい。

こどもがいるから離婚せずになんとか繋がってるという愚痴もよく聞く。実際そういう夫婦って多いんだろうと思う。そんな中、この11年間こどもなしでも仲良くしてこられてたことも、神様に感謝したいと思う。


命日

[ 家族 ]
2010年8月14日 土曜日

母ちゃんあの日から、丁度一年経った。

本当に色々あった。

長かったような、短かったような、どっちなんか、あんまりよう判らんが、一つ言えるのは、去年の帰国の疲れが、まだ完全に抜けてないということ。まぁ、アラフォーとやらじゃけぇ、しょうがないんかもしらんが。

でも今日は、ある意味、別の理由でも記念の日になった。いや、全く無関連っちゅうわけでもねぇ。去年、母がこの世を去ったと聞いた直後に、自分が嫁さんに対して言うたことが、今日この目で確認できたっつうか。

また詳しく書く。