母の日

[ 家族 ]
2010年5月9日 日曜日

我家は特に『母の日』とか『父の日』とか祝う家庭じゃなかったんで、渡米してからも、特別電話したりカード出したりすることはまずなかったが…。

当然のことながら、今年はちょっと違う気分。

この命、人生、信仰、音楽、全てに感謝。

Happy Mother’s Day.


夢で逢えたら

[ 信仰 / 家族 ]
2010年2月27日 土曜日

夢でもし逢えたら
素敵なことね
あなたに逢えるまで
眠り続けたい

…という、かなり多くの人達にカバーされてきた大瀧詠一の曲がある。

昨年夏から、これまで何度も母の夢を見た。もちろん、毎回いい気分はしなかった。

昔の我家の一場面のように、自分が居間でテレビを見ている最中、外から帰ってきて台所越しに声をかけてくる母に、何事もなかったかのように返事する自分。

別の時には、いかにも「実は死んでなかった。生きててよかった。」というのもあった。目が覚めて、現実に直面して、ぐっすり眠る嫁さんを横に、思わず声を出して泣くこともあった。

最悪だったのは、前回のやつ。

父も約一年前からある病気に苦しんでるんだが、母がいなくなり独りになった父に、居間で自分が色々提案をしていたら、台所のテーブルに座ってる母が、「父ちゃんのことばっかり心配して、わたしにゃぁ、何も言うてくれんのん…?」と愚痴る。「いや、母ちゃん、もう死んどるんじゃけぇ。」とか「母ちゃん、もうすぐ死ぬんじゃけぇ。」とか、どう説明していいか、戸惑ってる間に夢から覚めるという、結構酷い夢だった。

でも今朝目覚める前に見た夢は全然違った。いや、夢の内容というより、自分の気の持ち方に変化が訪れたのかもしれない。

実家で経営する店の前にいる自分。故郷の田舎町は、人通りがかなり減った現在とは違い、昔の様に活気があって、人も車も多い。

店の前には、姪(姉の長女)も立っている。「今からねぇ、*****ちゃんが、飲みに連れてってくれるけぇ、待ちょうるんよ。」
現実では、その人は我家と絶縁状態。っつうか、正確には、うちらが絶縁したがってるってとこか。だが、夢なもんで、(奇跡的な)和解があったんだろうな、と変に納得する自分。姪は、普段よりか、いかにもタバコでも吸ってるかのように声がしゃがれていて、早速その人の悪影響があるんじゃないかと、ちょっと心配もしたりした。

店に入ると、姉が他の子達を含む数名と共にテーブルを囲んで、何かの作業をしている。両親が加盟していた某全国チェーンの伝票を整理しているらしい。

(だが、実際にテーブルの上に並べられていたのは、NY周辺の日本人なら誰もが知っているベーカリーチェーン『Parisienne』のピンクっぽい伝票。でもこれまた夢なもんで、妙に納得している自分。)

挨拶代わりに、「みんなで何しょうるん?」と問いかけてみた。みんな、シカトかいな。

そしたら、こっちに目を向けずに、作業を続けながら、「****(チェーン名)のをしょうるんじゃが。」と一言。

母ちゃん、生きとったんか…。思わず抱きつく自分。

「久しぶりじゃなぁ。」と母。

「何言ようるん。何回も会うとるがな。」何故か今回は、この時点で夢だと判っていた。

「そうじゃったかなぁ。」相変らずO型天然の母。

「そうじゃがな…。」この時点で夢から覚めそうってのが判ってた。抱きついたまま、「また何回でも会おうな。」と繰り返す自分。

母からの返事はなく、自分もどんどん目が覚めていく。でも、なんか今回は寂しくなかった。

これまで、いつか天国で会えるって、理屈では判ってたとはいえ、悲しくなったり、寂しくなることも多かった。

いい気分で目が覚めたのも、もしかしたら今回だけかもしらん。

でも、これまでのことを思うと、ちょっと前進できたような気がする。

いつか再会できるのを、やっと、心から楽しみにしてるみたいな、そんな気がする。


VIP2月集会

[ 信仰 / 家族 ]
2010年2月9日 火曜日

夕べのVIPには、いつも会場として使わせていただいてる教会の牧師を招いてお話をしていただいた。もう一人、うちの教会に来てる人で、仕事で世界の色んなとこに行ってる人にも、最近行ってきたハイチのことについてお話していただいた。

ハイチでは多くの人達が家族や友人、そして住む場所や財産を失っている。そんな中、彼が見たのは、日曜に幸せそうな笑顔で教会から出てくる人々。そういう話を聞くと、ちゃんと自分にも行ける教会があって、日本にいた時とは違って誰にも文句言われず信仰を持ち易い環境の中にいるってことを、普段しっかり感謝しながら生きていけてんのかなぁ…と、自分自身に問いかけてしまう。

それに続いた先生の話も、これまであまり聞いたことのないアプローチの仕方で、おもしろかった。

エジプトから、奴隷だったユダヤ人の大群を連れ出し、『約束の地』に向かったモーセは、その地をはるか彼方に見ながら、息を引きとったという。何かを達成するということも大事だけど、目的のために前進し続ける人生の喜びってのが、話のポイントの一つだった。

自分の身近に、これまでずっと「人のため」を目標にがんばってきた人間がいる。彼は今、やり残したことが沢山あるのに、あきらめなければいけないかもしれない状況の中にいる。正直、さすがの彼でさえ、奇跡でも起こらなければ、これ以上は無理なんじゃないかと思う。

だから、これまで祈ってきた。奇跡を起こしてくれない神様なんて、信じてもしょうがねぇし。

でも、社会的には抹殺されたはずなのに、今の日本の感覚なら既に自殺しててもおかしくない状況だったはずなのに、「若い連中は、いかに早くやめるかばかりを考える。」と、本当に自分自身がだめになりかけても諦めない。「これまで人のために色々やってきたが、結局だめだった。結局誰にも判ってもらえなかった。」と嘆いてから半年経つのに、「心身ともに、もうだめかもしらない。」と言い始めて何年も経つのに、未だに何かをやろうとしている。

40年以上も前の怪我の影響が、今になって出てきていて、医者も驚いてるらしい。これからの奇跡のために祈ってきてたけど、奇跡はこれまで充分起こっていた。

前進することによって生き様を見せてくれている、そんな人間のことを思い出させてくれた話だった。

それを自分にどう適用するかが、本当の課題なんだが…。


VIP1月集会

[ Happy Hour / 信仰 / 家族 ]
2010年1月11日 月曜日

今夜はうちの教会の牧師を招いての月例集会。

今年初めってこともあり、自分も気合の入れ直しっつうか、そういう意味で証をさせてもらった。もちろん去年起きた事がネタで、証の最後には、70年代のアメリカのあるヒット曲に、自分が全く違う意味の日本語詞を付けて、Happy Hourで演奏した。

録音しようと思ってたが、他の準備に忙しく、なんとレコーダーを持っくのを忘れてしまった。

そのうちゆっくり録音して、Happy Hourのサイトにでも載せよっかな。


一ヶ月

[ 家族 ]
2009年9月15日 火曜日

母が天に召されたのが8月14日。

帰国中ずっと忙しい毎日を過ごしていた自分は、先週水曜に帰ってきてからも時差ボケと戦いながら、やり残した用事を終わらせようとしたりで、一ヶ月なんてあっという間だった。

両親を潰した連中を恨むのは簡単。でも、そんなことは神様はもちろん、色んなことの犠牲になって死んでった母も望んでないと思う。この数日は、そういう連中のことを思い出して怒ることで時間を無駄にするくらいなら、母のことを思い出したり、父を含む日本の家族のために祈るよう努力をしてきた。

今でも時々『ツボ』に入って泣きまくることもあるが、昨日あたりから、母のことを思い出すと、心に何らかの安らぎを感じるようにもなった。

ある人は、若い時にお母さんを亡くし、悲しみから抜け出すのに5年かかったという。

自分の場合はどのくらいかかるんだろうか。