独立の日

[ 家族 ]
2011年7月5日 火曜日

昨日はアメリカの独立記念日。うちの嫁さんがふざけて、質問してきた。

「What year was it? (何年だったか知ってる?)」

「1776. I was also a history major, you know… (わし、大学でコンピュータ・サイエンスと歴史の二重専攻じゃったろ)」

「From whom? (じゃぁ、誰から独立したん?)」

(思いっきり皮肉で) 「Native Americans. (アメリカ原住民。)」

毎年、外は花火大会で賑わってるが、ここんとこ不況を理由にやらない町が増えた。

我が家は今年は外出断念。どうせ人ごみの中でガキ抱いて花火見るのも疲れるだけだろうし。

それはさておき、独立ということについて、ふと考えてしまった。

自分の身近な人間で、いい歳して、未だ親に反抗できず、言うことをほぼ全て聞いてしまうのがいる。時としてかなり迷惑だったりする。親に、一人前の大人として認めてもらってないもんで、未だにつまらんことで色々言われ、おそらく幼い頃からそんな感じなんで、今でも、何をやるにしても自信が無い。もちろん、優し過ぎるから、親にあえて反抗しないのかもしらんが…。

自分はどうなんだろうか。

決して自信満々なわけじゃない。が、留学してから、そんなに色々と親に相談するわけでもなかったし、2ヶ月くらい全く電話さえしなかったこともあったくらいなんで、学校を出て仕事に就いたら、あまり親に頼るということが無くなった。

母は約二年前に他界。親父はそれよりちょっと前に脳出血・脳梗塞で、言語障害。今も施設をたらい回し。まともな会話をするのは難しい。

でも、両親がそういう状態になってから、やっと独立できてるんじゃないかと実感し始めたような気がしないでもない。

最後に両親とまともな会話をした2008年の夏、親父が、「おめぇはもうわしから離れて生活しとる方が長うなったのぉ。」って言ってきた。

色々語り合って、特に自分の信仰に関する見解を話した時、「やっと、『こうなってくれりゃぁ、ええ』いうのに、近づいてくれたような気がする。」って言われた。

もしかしたら、あれが、やっといただいた『お墨付き』ってやつだったのかも。

5:22辺りから先日他界したクラレンスのサックスソロだが、やっぱ泣けてくる。自分と親父との関係は、この曲とは全く違うけど。


遺伝子

[ 信仰 / 家族 ]
2011年4月1日 金曜日

2008年3月、母が心臓発作を起こし入院した。

1987年4月に渡米以来、一度もホームシックになったことがなかったが、情けないことに、初めて、「親にどう感謝しようか。」ということを考えた。

夏に夫婦で帰国することを決めた。

と同時に、一緒に音楽やってる相方も夏に帰国することを考えてたらしいんで、いっそのこと、両親の前でコンサートやることにした。頼まれたことをやった場合を除いて、初めて、父に、「ありがとう」って言われた。

そんな2008年の夏。自分が、両親とまともに会話する最後の夏となった。両親とは、それまでで最も深い会話だった。

翌2009年春、父が脳出血と脳梗塞を患い言語障害。今まで、自分の両親は、何を自分に伝えたかっことを、これまた情けないことに初めて真剣に考えてみた。んで書いたのがこれ

そして夏には、前夜食事の準備をできてた母が急死。

でも、その時思ったのは、自分ら夫婦には、ちゃんと子供が与えられるってこと。その時は感覚的なものでしかなかったが…。

母の葬式のために、約一ヶ月帰国した。

ただでさえ、話の内容が深すぎるし、そのうえ回りくど過ぎで、なかなか理解してもらえない父が、言語障害ときた。

母もいないし、言わんとしてることを理解してもらえない中、客や業者と一生懸命語り合おうとする父。自分自身は社会的にシカトされてもおかしくないと判ってても、商売を続けて、世話になった人達にお返しをしようとする父の姿に感動した。

とはいえ、両親が自分に伝えようとしてたことなんて、ここで書ける程、安っぽいもんじゃない。

でも、感覚だけでも、少しずつ、ジグソーパズルのピースを合わせていくかのように、両親の想いに気づいてくと、いつの間にか、「じゃぁ、自分も伝える相手が現れるはず。」って思えてきた。

そして今日、1999年秋に結婚した我々夫婦に、初めての子供が与えられた。かなり『訳あり』の親父から数えると、田辺家三代目か。まぁ、全然説得力無ぇけど。

正直、今はまだ、夢心地で、実感が沸かない。

妊娠中から出産までずっと苦しんでた嫁さんの姿と、この子に会わせてやりたかった自分の母のことを思うと、涙が出てしまうんだけどね。

まぁ、今回もまた、オチの悪い投稿になってしまったが、まだ頭の中が混乱状態なんで、簡便してやってくれ。


味噌汁

[ 家族 / 飲み喰い ]
2011年3月4日 金曜日

幸か不幸か、うちら夫婦は結婚する前に交わした約束なんか、殆どない。

唯一覚えとるのは、もし自分が毎回皿洗いするなら、嫁さんが毎朝味噌汁を作ってくれるっつうこと。

でもそんな約束続くわけがない。彼女の実家では、朝食はいつもパンが中心だったらしく、味噌汁に思い入れがないことくらい判ってたから。

案の定、続かんかったどころか、11年以上前に結婚して以来、朝食に味噌汁を作ってくれたことは一度もない。皿洗いは結構自分がやっとるんじゃが…。

大学では、最初の年に寮にいただけで、後はずっと結婚するまでアパートで一人暮らし。料理も結構頑張ったし、時々和風の朝食を準備したこともあった。

一昨日まで一週間、嫁さんの母親がベビーシャワーのため我が家に来てて、毎回食事の準備もしてくれて、普段とらない朝食も、ちょっとだけ早めに起きてとらなきゃいけなかったんだが、もちろんそれも全てトーストと果物。やっぱ何か違和感を感じる。

客が去った当日ってのは、疲れとるのが普通で、夕飯は外食じゃったが、夕べは嫁さんが久々に味噌汁を作ってくれた。多分この11年半の間で、2、3回目じゃと思う。

いつもは何でも結構多目に作る癖があるが、今回は丁度ええくらいの量じゃった。

が、自分も夕べはあまり多く食べず、控えめにしといた。今朝まで味噌汁を残しておきたかったから。

というわけで、今朝、嫁さんが会社に出かけた後、久しぶりにご飯と味噌汁の朝食をとった。

やっぱ、日本人はこれじゃよのぉ。毎朝やる気はねぇが、時々自分で早めに起きて準備しよっかの。

自分が覚えとる限り、前回ご飯と味噌汁が朝食じゃったのは、2008年7月25日 (それ以降にそんな朝食を準備してくれた方々には大変申し訳ないが…)。夫婦と友人の三人で帰国し、故郷の教会でHappy Hourのコンサートを終えた数日後、実家を出発した日の朝。塩分が多いと言われ、婆ちゃんからも「料理が下手」といつも言われてた母ちゃんの味噌汁じゃったけど、結局自分はそれで育ったわけで、それに勝るものは無い。旅館や友人宅でどんなに美味しいのが出てきても、やっぱ「母ちゃんのとは違うけど」って思ってしまう。


11周年

[ 家族 ]
2010年9月5日 日曜日

去年の今頃は、結婚10周年だったにも関わらず、嫁さんをNYにおいたまま、自分は日本だった。確かに、呑気に祝ってる場合じゃなかった。

そして昨日で11周年。だが今年は、『つわり』とかいうやつで、嫁さんの調子がよくなく、結婚記念日とはいえ、大して何もなかった。

朝起きて、嫁さんの要望で、空気を入れ替えるため、二階の窓を全開。

昼飯には、二人で近所の中華料理屋まで歩いて行って飲茶。案の定、あまり喰えないらしい。

うちに戻ってきて、気付いたら、ベッドの上で昼寝してやがる。

自分も、土曜なもんで、まだ寝足りなかったっつうか…。

開いた窓の向こうから入ってくる、ちょっと涼しめの風が、やけに心地よく、結局二人揃って昼寝してしまった。

途中、目が覚めて、なんかまた一日無駄にしたかも…とか一瞬思ったけど、来年からは、こんな感じで、休みの日の午後、窓開けっ放しにして、二人で呑気に昼寝なんて、まずありえないんだろうなって思うと、こういう結婚記念日もありかな…って思えた。

こういう瞬間の安らぎを大切にしたいと思った。

あ~ぁ、おっさんになった証拠じゃのぉ。


そして一年後…

[ 家族 ]
2010年8月15日 日曜日

では昨日の続き。

昨年、母が亡くなったと連絡が入った時、直感みたいなもんがあって、思わず嫁さんに、「なんか、そろそろガキ一匹くらい、できそうな気がしてきた。」と言ってしまった。

昨日(14日)は、母の命日だったわけだが、検診の予約を入れてたため、嫁さんをマンハッタンまで連れて行った。

画面に映し出されてたのが、かすかに見えた。まだ1cmほどらしいが、心臓の鼓動もしっかり聞こえた。医者のアシスタントと思われる姉ちゃんは、『a little bean (小さな豆粒)』みたいなもんだとか言ってて、それが一般の表現らしいが、自分には豆粒というより、なんとなく『bug (虫)』のように見えた。

正直、気持ちは複雑。何年も祈り続けてきて、やっとか…という感謝も喜びもあれば、自分がガキの頃、親や家族に対してどうだったかを考えると、親になるのがちょっと恐い気もする。

こどもができると仲が悪くなる夫婦も多いと聞いたことがある。これまでうちら夫婦のために祈ってくれてた方々、これからも祈っていただけたら嬉しい。

こどもがいるから離婚せずになんとか繋がってるという愚痴もよく聞く。実際そういう夫婦って多いんだろうと思う。そんな中、この11年間こどもなしでも仲良くしてこられてたことも、神様に感謝したいと思う。