Alfie Silas Durio @ WCWC

[ Happy Hour / ニューヨーク / 信仰 / 音楽 ]
2011年5月7日 土曜日

夕べは、東日本震災被害者支援コンサートとして、アルフィー・サイラス・デュリオというゴスペル歌手が、ホワイトプレインズにあるウェストチェスター・クリスチャン・ワーシップセンターという教会でコンサートを開催。

アンドレ・クラウチやロン・ケノリーといったクリスチャンのミュージシャンだけではなく、マイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストン、バーバラ・ストライザント、クリスティーナ・アギレラといった、大物歌手達のバックシンガーとして活躍してきたらしい。

んで、我々Happy Hourは、前座ってことで、最初にその教会のワーシップチームが数曲賛美を導いた後、三曲ほど演奏。初めてやる『We need a word from the Lord』の後、自分が短く挨拶、そして定番の『God Bless You』と『My Tribute』。実は念のためもう一曲準備してたけど、自分が喋り過ぎたか、与えられていた時間を越えたんで、そこでやめた。

ピアノの調律ができてなかったのと、音響が凄すぎて相方のマイクも実は必要なかったかもってのと、技術的な部分では多少問題はあったけど、集まった人達には喜んでもらえたし、自分達も楽しかった。

アルフィーの歌は、全てカラオケだったが、さすがに多くの人達と共演してるだけあり、上手い。でも生演奏だったら、もっとそのよさが楽しめたかも。

でも最後に『God Bless America』を持ってきたのは、正直ちょっと引いてしまった。せっかく雰囲気いいコンサートだったのに、最後で白けた。なぜかは、愛国心強過ぎのアメリカ人以外の人達や、今このニューヨークの地で複雑な思いをしてる人達ならなら判ると思うので、あえてここでは説明しない。

それはさておき、ご主人共々、すごい『いい人』って感じだった。日本のことを気にかけてくれてる夫婦だってのも、しっかり感じることができた。

今後もこんな感じで、日本人以外の場所でどんどん演奏できたらと思う。

今回、こういう演奏の場を与えてくれた神様に感謝。もちろん、その教会の人達、イベント担当者、聴きに来てくれた人達、そしてアルフィーとご主人にも。


キャンディーズ

[ 音楽 ]
2011年4月23日 土曜日

55歳って若過ぎる。

大ファンだったうちの姉貴が今でもブログで時々ビデオを載せてるんで、思わず自分も観たりするが、今になって見てると、三人の中じゃ一番かわいかったと思う。

このデビュー曲からシングル数枚は、真ん中で歌ってたらしい。彼女達を育てた番組『8時だョ!全員集合』から。

昭和の広島県民にとっちゃ、遊園地っつうたら、やっぱり今は亡き『ナタリー』じゃのぉ。

コントもしっかりやるアイドルなんて、最近じゃいないのでは? これももちろん『全員集合』から。

ピンクレディのカバーもやってたりする。こっちの方が色気あるような気がするが…。ちゃんとオチがあるところが、この人達らしい。

1970年代の世界的ヒット曲も、ちゃんと英語でこなしてる。

彼女達三人の活動が収められてる一曲。時々観客やスタジオにカメラが切り替わる瞬間が時代を彷彿させて思わず噴出してしまうが、かなり貴重な映像。

Rest in Peace.


揺れ動く地に立ちて

[ 信仰 / 音楽 ]
2011年3月12日 土曜日

同じ広島県出身クリスチャンのMOMOさんが、ブログである聖歌を載せてたんで、こちらでも紹介したい。

が、その前に…。

23年前、以下のビデオの二曲が入ったアルバムを、お偉いさん達は発売中止にさせ、もみ消そうとした。レコード会社の親会社が、原発機器を開発していたからだといわれてる。

そして、東京の某民放FM局は、アルバム収録曲を全て放送禁止にした。その原発機器の納入先の電力会社が大株主だったからだといわれてる。

でも、これらの曲を通して警告されていたことが、とうとう起きてるのかもしらない。その電力会社所有の原子力発電所も、今回の大地震で大きな影響を受けているからだ。

癌で死にたくないとか、長生きしてえとか、その願いはかなわなかったけど、彼らの叫びは、今こそお偉いさん達も聞いてほしいもんだ。

さて、本題の聖歌。

「とおきくにや」聖歌397番
“There’s a light on the cross”
J.V. Martin (1923)

J.V.マーティンは自作の手書きの原稿をわたしながら次のように語った。「東京大震災の9月1日(1923年)の夜、多くの罹災者が芝白金の明治学院の運動場で夜をむかえました。九死に一生を得た人々に蚊やとろうそくが支給されました。その夜、たまたま東京にいた私は明治学院に見舞いに来たところ、蚊やの中で点火されたろうそくの火が丁度、暗の中の十字架に見えたのです。私はさっそくペンをとりこの詩を書きあげ、その後大阪に帰ってこの曲をつけました」と。その後中田羽後の訳でロードヒーバーが横浜のYMCAで歌ったのが世界の初演であった。作者マーティンは大阪市立高等商業学校(今の市立大学)の英語講師で大阪に在住していた。

(聖歌の友社 聖歌撰の解説より転載)

遠き国や海の果て いずこにすむ民も見よ
なぐさめもてかわらざる 主の十字架は輝けり

なぐさめもてながために
なぐさめもてわがために

揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ

水はあふれ火は燃えて 死は手ひろげ待つ間にも
なぐさめもて変わらざる 主の十字架は輝けリ

なぐさめもてながために
なぐさめもてわがために

揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ

仰ぎ見ればなど恐れん 憂いあらず罪も消ゆ
なぐさめもてかわらざる 主の十字架は輝けリ

なぐさめもてながために
なぐさめもてわがために

揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ

くめさゆり (久保田早紀)による歌はこちらをクリック(埋め込み無効らしい)。


森繁 昇 in New York

[ ニューヨーク / 信仰 / 音楽 ]
2011年3月1日 火曜日

先週から、ハワイ在住シンガーソングライターの森繁昇を招いて、米北東部の教会数箇所でコンサートが行われている。

学生の時にブルーグラスのバンドを結成し、思い出つくりにナッシュビルに行き、他のメンバー達は帰国したが、彼はそのまま居残り音楽を続ける中で、イエス・キリストに出逢った…とか、そんな感じだったと思う。

ギターやハーモニカはもちろん、バンジョーやビオラもこなす。ビオラに関しては、三味線のよう弾いたりもする。

土・日・月の三回の公演は、同じポスターや新聞記事で宣伝した。

んで、土曜にコネチカットの日本語教会で行われたコンサートは、なんと50人くらい来たという。

だが何故か、同じ広告だったにも関わらず、日曜午後のうちの教会でのコンサートは少なかった。本人は、「(人数が問題なんじゃなくて)神様が連れて来る人を決めるからね。」と全然平気そうだったが、20人もいなかったのでは? そのうえ、ノリが悪い。ここ数年のうちの教会のノリの悪さは今に始まったことじゃない。とはいえ、もちろん本人は日米の各地で演奏してきてるんで、そんなのは慣れてるんだろうけど、主催教会の一員としてはちょっと申し訳なかった。

コンサートが終わると、なんだかんだで宿泊地に最寄の自分が送ってくことに。帰る間際に友人の一人が、「森繁さんとビールとか飲みに行きたいな。」とか言ってたけど、本人はさっさと帰りたそうだったんで、車に乗っていただいた。

が、なんとなく気になったんで、「実はKさん、森繁さんと軽く飲みに行きたがってたんですよね…。」と言ってみた。

すると本人は、「行こうよ! んでないと、せっかく会ったのに勿体無いよ!」

結局、四人で行き着けの店に。そこで楽しく談笑した後、解散。でもまだ腹減ってたんで、我々二人はこれまた行き着けの寿司屋に。そこでも盛り上がってしまった。

翌日は、自分も中心メンバーの一人であるJCFN New York主催で、マンハッタンでのコンサート。夕方、会場となった教会で現地集合だったが、自分が着くと、本人は多少バテてる様子だった。どうやら、昼間歩き過ぎたのと、泊まってたホテルが乾燥し過ぎてて、喉もやられてたとか。前の晩、飲んだことについては、「あんなの大したことない。いつものことだから。それが原因じゃない。」とか。とりあえずちょっとだけ安心。

ぐったりしたまま準備。自分が音のチェックを手伝いながらリハーサル。やはり声が出ない音がある。

7時頃になり、どんどん人が集まった。50人はいなかっただろうが、前日のうちの教会とは打って変って多く集まった。ほんの少数だったがクリスチャンじゃない人達もいて嬉しかった。

内容はというと、うちの教会でやった時とほとんど同じことだったが、会衆のノリも全く違い、なかなか盛り上がった。

アンコールの前にやった曲が一番激しく、実は準備の時に疲れてるし声も出ないということを知ってた自分は、そんなこと関係なく歌いまくる姿に感動した。

でも、本人からすると、結局、何人集まったかとか、みんなを感動させて認められたいとか、そういうんじゃなく、誰かに神様のことを伝えたいってだけらしい。素晴らしい。

コンサート後は、その教会の地階でみんなでお茶しながら談話。本人もCDにサインして、色んな人達と話してる。さすがに、疲れてるだろ…。

と思ってたら、「あのさぁ、親戚の子が来てんだよ。この後どっか行こうよ。」

「マジっすか?」

「当たり前だよ。行こう行こう。せっかくじゃん。勿体無いよ。」

結局、自分の友人達も含めて合計5人で、これまた行き着けの居酒屋に。最終的には日付が変わって帰宅。60歳とは思えないくらい元気だ。さすがに物覚えは悪いが。

…と、いつものとおり、飲んでる話ばかりになってしまったが、自分は運転だったんで勿論普段の何分の一も飲んでない。そんなことよりも、やっぱ、飲んでる間や帰途での会話が大切なわけで、ミュージシャンとしても学べることが色々あった。いくら自分はプロでやってるわけではないとはいえ、教会や色んなとこのイベントで人前で演奏するわけで、そういう人間にとって何が大切か、再確認させてもらったこともあれば、新しく発見できたこともあった。

本人はコンサートの度に、「牧師でも神学生でもない、普通のおじさんです。」って自己紹介するが、このおっさん、ただ者じゃねぇよ。色んな意味で。(笑)


Lone Justice

[ 音楽 ]
2011年2月12日 土曜日

今夜、CMTというカントリー音楽ばかり流してるテレビ局で、『40 Greatest Love Songs』という番組をやってた。

トップ40ってことだが、自分が見始めたのは、19位からなんで、前半誰が出てたのかは判らん。

カントリーは結構好きな方なんで、ボケぇ~っと見てたら、ふと思い出したバンドがあった。

80年代中期、大阪の朝日放送が、当時はまだ音楽を中心に流してたアメリカのMTVと提携してたか何かで、土曜か日曜の真夜中だったか、一時間枠でMTVで流されてたPVを編集した番組を系列局で放送していた。初期のVJのマーサ・クインらも字幕付で出てた

その頃、我が家はビデオを購入したばかりで、自分もMTVをよく予約録画して見てた。

んで、ある時、このビデオが流れ、結構気に入ってしまった。

あのトム・ぺティとマイク・キャンベルが書いた曲らしい。デビューアルバム『Lone Justice』に収録。

同アルバムには、ボーカルのマリア・マッキーと、なんとなんとザ・Eストリート・バンドリトル・スティーブンとの共作もあった。

当時マッキーは、まだ22歳くらいだったはず。そのうえ大御所達がデビューアルバムに協力していた。大したもんだ。

とはいえ、何故か売れなかった。アルバムも、シングルカットされた上記二曲も、トップ50にさえ入らなかった。残念ながら、リトル・スティーブンがプロデュースした二枚目のアルバムをリリース後、解散。

80年代の最後の方になると、この類のカントリーロックっぽいのがやたらと売れ始めたが、このバンドはデビューが数年早過ぎたってことか。もし売れてたら、去年の『アメリカン・アイドル』で、おそらくクリスタル・バワーソックスがカバーしてたんじゃないかと想像してしまう。

んで、今夜、そのカントリーの特番を見てて、「そういえば、あの曲は下の方で出てたんかな。」って気になったのが、パティ・ラブレスによる『Don’t Toss Us Away』のカバー。

でもやっぱオリジナルがええな。このバンドでは、自分が一番好きな曲。