『宗教放棄』

[ 信仰 / 音楽 ]

CDなんて買ったの、何年ぶりだろうか。

でも今回は、アルバムのタイトルだけ見て、あえてレビューなども読まず、シングルカットされてラジオでやたら流れている一曲以外は全く聴かず、予備知識抜きで思い切って買ってみた。

数日前にAmazon.comから届いて、以来毎日車の中で聴いてる。

日本でも何年か前にゴスペラーズと共演して、クリスチャンじゃない人達にも多少名前が知られていると思われる、ゴスペル界の革命児カーク・フランクリンの新盤。

タイトルがなんと『Losing My Religion』。直訳すると『宗教を失う』みたいな感じなんだろうが、アルバム全体を通して聴くと、『失う』というよりも『捨てる』かな。

最初に入ってるのは、タイトル曲というより、カークが詞を読んでいるんだが、これが重い。

例えば、

「誰が正しくて誰が間違ってるのかとか、毎週日曜には、誰が白人で誰が黒人かで分かれたりして…」

「給料が安いからといって、てめぇの信仰も最低賃金を越えれられてない。だから世界を救うという時にも、何を語ればいいのか判らない。」

「もし愛してるはずの『兄弟』がゲイだと告白してきたら、突き放すのか? 脱退するまで裁き続けるのか? そいつが体感できる福音を伝えろよ。そいつが必要としてる、真実を包んだ愛を与えろよ。十字架は、俺みたいな奴も含めてみんなのためのものだろ。」

「宗教は牢獄だが、真実は俺達を自由にしてくれる。」

などなど、とにかく今自分が共感できることの多くが、カークによって語られてる。

(ちなみに、昔、REMというバンドが同名のヒット曲を出したが、カークもこの詞の中で一言だけ触れている。)

5曲目の『Pray For Me』も、「こんな裁かれても、ただ成長の邪魔になるだけだ。自分の罪なんて判ってるよ。着飾った言葉や綺麗事ばかりの嘘じゃなく、ただ俺のために祈ってくれ。」といった感じで、これまた宗教的なことをどうのこうの並べる前に、とにかく祈ることに専念しようという内容。

その次に入ってる『Wanna Be Happy?』は、前述のとおり、シングルカットされてるんで、ラジオでしょっちゅう聴いてたが、タイトルから想像させらそうな、「主を賛美してたら、心が平安で幸せな気分になる」といった、よくありがちな曲じゃなく、「今のままじゃいつまでも幸せにはなれない。この状態から抜け出したかったら、自分はどけて、イエスに舵を取ってもらえ。」という内容。個人的には、途中の「寝ながら泣きまくったり、両手を挙げて賛美したりしても、自分が(イエスに委ねるということを)理解するまでは何も変わりゃしないよ。」という部分が気に入った。

今回のカークのアルバムは、既成の『宗教』なんて捨てて、イエスとの『関係』に専念するべきだということを伝えている。いや、これまでも彼の作品にはそう思わさせられるものがあったような気がする。

確かに、神という、実在するかしないか証明できないのを信じてるということ自体が『宗教』だと言われればそれまでかもしれない。

でも『宗教』という言葉の意味は学者の数ほどあると言われていて、もしそれが拘束するものなのであれば、自分の『信仰』ってのは『宗教』だと思いたくない。

むしろ、新約聖書の中に含まれている、イエスの生涯について書かれた四つの福音書を読めば読むほど、イエスが否定していたのは、ユダヤ教の一部の祭司達だけではなく、実は宗教一般だったんじゃないかと思うことも多い。

とにかく、カーク、今回も見事にやってくれた。

結局、『形』じゃなくて『心』ってことかな。

Jesus loves y’all.


Crystal Bowersox @ Highline Ballroom

[ ニューヨーク / 音楽 ]

今夜はマンハッタンにあるハイライン・ボールルームまでクリスタル・バワーソックスのコンサートに行ってきた。

彼女については5年前に書いたんで詳しい紹介は省こう。

3日前の日曜午後、教会の人達と一緒にりんご狩りに行く予定にしてたら、なんと前日になって彼女が、うちから1時間ほど離れたとこにあるバーで夜に演奏することを知った。もしかしたらりんご狩りから早めに帰ってきたら行くのも可能かと思ったが、案の定無理だった。

気になったんでウェブサイトを覗いたら、なんと自分が仕事で出る水曜日にマンハッタンで演奏だとか。こりゃチケット買うしかない。すかさず嫁さんに頼み込んで許可を得た。

そして今日、マンハッタンのお客さんとこでの仕事を終え、開場まで時間が十分あったんで、紀伊国屋書店に寄ってみた。そしたらなんと、友部正人がいた。ニューヨークにはしょっちゅう来てるのは知ってたが、前々から、あまり人と話したがらないとも聞いてたんで、「友部さんですか? ファンなんです。ただそれだけなんですが。」という挨拶程度で済ませた。クリスタルのコンサートに向かう途中に友部氏と遭遇とは、神様も意味が深そうなことをしてくれるわい…。

会場に入ると、集まってる客は、自分を含む3、4人以外全員白人。それも殆どが50代以上で、70代っぽい人達も。まるでカントリー音楽の演奏でも聴きにきたみたいだ。

んでそのクリスタル、以前は、アコースティックギター一本でシブく決めてる印象だったけど、正式にデビューしてアルバムに入ってる曲などはロックバンド系のアレンジになってる曲も多く、残念な気がしてた。正直、今回もそういうステージになるんだろうという不安もあった。

だが、彼女が連れて出てきたのは二人だけ。一人はくウクレレ、もう一人はキーボードで、脇にはバスドラムとアコーディオンを置いている。キーボードとはいえ、終始ピアノの音しか出さなかったんで、全体的にアコースティックっぽかった。ハーモニーもよかった。

殆どが彼女のオリジナルで、しかも自分が知らん曲の方が多かったが、これだけ知らん曲の連発で感動させてくれたコンサートって、もしかしてこれまでなかったかも。

それも初めて見た頃の彼女のままだったんで、そういう意味でも嬉しかった。

アンコールは、レナード・コーエンの『ハレルヤ』で、間に『Amazing Grace』を入れた。数多くの人達がカバーしてて、正直ありきたりだが、今までで自分が最も気に入ったバージョンかも。

ところで、隣のテーブルにおばちゃん達が4人くらいで座ってたんだが、その中に20代っぽい女の子がいて、アンコールの頃には、「ごめん、こっちの方が見えやすいんでね。」とか言ってこっちのテーブルに座ってきた。時々自分に話しかけてきて、終了後には、なんと電話番号まで訊いてきた。

「そりゃないな。」って言うと、「え? もしかして結婚してんの? だったら指輪くらいしないと、奥さんに失礼でしょ!」などと言ってくるんで、「昔から指や腕に物を付けるのが嫌でね。ピアノも弾くし。」って言い返したら、その子は元のテーブルに戻り、「ピアノ弾くから指輪しないとか言ってる…。」と、周りのおばちゃん達に報告。

「ホンマかいな」とか「別に理由があったりして。」とか、そのおばちゃん達も色々言ってたみたいだが、この歳になって、若い子に電話番号聞かれるのって、決して悪い気はしない。(笑)

何はともあれ、クリスタルの場合、大きなアリーナより、今回のようなライヴハウスっぽい場所がちょうどいいような気がする。

次回この近辺に来たら是非また聴きに行こう。

そういえば、今夜はビリー・ジョエルもマディソン・スクエア・ガーデンでの月例公演だったとか。

でもやっぱ今回はクリスタルでよかった。


10周年

[ Happy Hour / 信仰 / 音楽 ]

今週の月曜は、JCFN New York月例集会で、Happy Hourの結成10周年記念コンサートをさせていただいた。

10年って、あっという間だったけど、振り返ると、当然のことながら色々あった。

今回の曲目は、

  1. 主の祈り
  2. Worship Medley:
    I worship You, Almighty Lord
    There is none like You
    Jesus, Jesus, Jesus
    [自分が自己紹介]
  3. Is This the World We Created…?
  4. 主イエス神の愛
  5. まわり道
    [相方による証]
  6. Bridge over Troubled Water (明日に架ける橋)
    [自分が短め?の証]
  7. I Believe in You
  8. Shine a Light
  9. My Tribute
  10. God Bless You

『Is This the World We Created…?』はクイーンの曲をそのまま英語で。元々アコースティックギターとヴォーカルのみの曲なんで、数年前に初めて演奏するのを決めて練習し始めた際には、その雰囲気をピアノで出すのに多少苦労した。

『I Believe in You』はボブ・ディランによるクリスチャン曲で、今回のために自分で日本語訳にしたものを弾き語りした。ディランの曲は字余りなのが多く、これも苦労したが、思い切って意訳。

『Shine a Light』はなんとローリング・ストーンズの曲。多くの教会では、もうストーンズの曲だという理由だけで却下。これまた今回のために自分で日本語訳にしたけど、あくまで相方が歌うのを想定して言葉や流れを考え、ディランの曲よりは原曲にほぼ忠実にできたと思う。そういう意味では自信作かも。

集まった方々には喜んでもらえたみたいだが、二人ともなんかしっくりこなかった。

相方は、会場にいる時だけ声がかれるという、これまで二人で一緒にやってきて初めての事件。

自分もこれまで以上にやたらと、目立つ間違いをした。

でも、「今日のコンサート、大成功でよかったねぇ。」という、10周年だからということで一区切りつけれたような気分にならなかったのが、もしかしたら、よかったのかもしれない。

これまでの10年間の歩みや、聴きに集まってくれた方々についてもだが、不完全燃焼で尚更「これからも…」という気にさせられたことにも感謝。


悲報が続くなぁ…。

[ プロレス / 音楽 ]

自分が何の仕事をしてるかって聞かれると、コンピューター関連なわけで、それしか職業にしたことはない。

だが、趣味が何かと聞かれると、時々戸惑うことがある。

音楽プロレス…ってことになるんだろうが、両方とも、費やす時間が多いこともあり、もしかしたら趣味の域を超えかけているかもしれないと思うことがあるからだ。

先月末から昨日まで、音楽界やプロレス界から、数人の巨匠がこの世を去った。

バーン・ガニア (1926/02/26 – 2015/04/27)は、自分がプロレスを見始めた時は、既に全盛期を超えていて、リアルタイムで観たのは、1981年1月にジャイアント馬場と試合した時のことくらいしか記憶にないが、プロレス史においてはとてつもない大物。プロレス史研究家の自分としても、すごくそれを感じる。色々な会社や団体が『プロレスの殿堂』を制定しているが、その中のメジャーなもの全てに彼の名が載っている。

アマチュアレスリングでもNCAA選手権二度優勝。1948年のロンドン・オリンピックではアメリカ代表チームに選ばれながらも補欠だったらしいが、その理由は、ガニアが既にカーニバルなどの賞金マッチで試合をしていたことから、アマチュアとしての扱いをしていいのか、コーチ達の間で疑問が持たれていたかららしい。

1949年にプロレスデビュー。早くも同年末にはトーナメントに優勝しテキサス州ヘビー級選手権を奪取。翌1950年には世界ジュニアヘビー級選手権トーナメントにも優勝。

1953年以降は、USヘビー級王者としてテレビ中継を通してそれまで以上に注目を浴び、ルー・テーズの持つ世界ヘビー級選手権の価値を脅かす存在だった。一部のプロモーター達から、混乱を防ぐために『USヘビー級選手権』ではなく『USテレビ選手権』と呼ぶように要請があったほど (どう考えても『世界』と『US』は別なわけだが、『アメリカ=世界』という勘違いは、メジャーリーグだけだはなく、19世紀末からプロレスでもあった)。

そして1960年には、アメリカとカナダのプロレス界をほぼ独占していた、NWA(ナショナル・レスリング・アライアンス)というプロモーター達の連合体を脱退、独自にAWA(アメリカン・レスリング・アソシエーション)を発足させる。これにより、両国の勢力図が大きく変わった(裏では、独禁法対策として、NWAがAWAを容認していたわけだが…)。中西部から西部にかけて、大帝国を築き上げた。日本でも国際プロレス後に全日本プロレスと提携し、選手達を送り込んだ。

コーチとしても、リック・フレアーリッキー・スティムボートのような、これまた歴史に名が刻まれる選手達を育てた。

プロレスにおいて、あらゆる面で、語りきれない多くのものを遺した。

阿修羅・原 (1947/01/08 – 2015/04/28)について、以前、日本のプロレス評論家たちが、もしデビューがもう少し早かったら国際プロレスを救えたんじゃないかということを語っていた。だが、原が活躍し始めたころは、既に国際プロレスのテレビ中継は打ち切られ、閉鎖を待つのみだったそうだ。

国際プロレスが倒産し、当初は原も他の選手達とアントニオ猪木新日本プロレスに移り、そこでの『団体間』抗争を始めるはずだった。実際に1981年10月8日のカードの切符には原の顔も載っていた。

だが、マイティ井上らと共にジャイアント馬場の全日本プロレスに参戦。そこで後に良きライバルでタッグパートナーにもなる天龍源一郎と出逢う。もし新日本に参戦していたら、多分、猪木や藤波辰巳らの引き立て役に終わり、全日本でのような活躍ができなかったかもしれない。もちろん、長州力らと共に、いずれにせよ全日本に参戦していたかもしれないが…。

決してどこかの団体でトップをとってたというわけではないが、彼の動向が、日本のプロレス史に大きな影響を及ぼしてきたと思う。

ベン・E・キング (1938/09/28 – 2015/04/30)というと、まるで一発屋と勘違いしてる人が多いが、実は「え? それもあの人の曲だったん?」というリアクションも結構多い。

例えば、先日も友人に、「『ラストダンスは私に』ってシャンソンだよね?」って聞かれた。実際よくあるコメントで、日本では越路吹雪の歌として有名なのでそういう印象が強いが、実はオリジナルはキングが所属していたザ・ドリフターズという、これまた日本では全く別の印象につながる名前を持つアメリカのグループによる曲。

他にも色々ヒット曲はあるけど、結局『Stand By Me』が永遠の名曲として残りそうな気がする。多くの人達がカバーしてるが、やっぱ自分が好きなのはオリジナル。

とはいえ、それ以外の曲を知らないという人は、彼のベスト盤などで、他の曲を聴いてみるのも是非お薦めしたい。

B・B・キング (1925/09/16 – 2015/05/14)については去年も一度書いた

自分はギターも弾かないし、エレクトリックのブルースが大好きってわけでもないが、彼がテレビに出てたりすると、やはり見てしまう。

昔行ったコンサートで、「ブルースは元々、悲しみや辛さを歌う音楽だが、今の自分はブルースを歌うことが喜びになっていることを神に感謝したい。」と言ってたのが思い出される。伝記を読んでも、キリストへの信仰が強かったと思われる。正直、彼の音楽についてはそこまで詳しくないが、そういえばいつも楽しそうに演奏してたなぁ…。音楽の面だけでじゃなく、そういった彼の心の部分にまで、ファンの方々に気付いてもらえたらと思う。

こういう時に感じるのは、誰かがいなくなって改めてその人生について思い出すのもいいが、やはり生前からその人達の存在に感謝できたらいいなと思う。

RIP…


RIP – Andrae Crouch (1942/7/1 – 2015/1/8)

[ 信仰 / 音楽 ]

今日、ゴスペル界の巨匠がまた一人、天に召された。

これまで、どれだけ彼が書いた曲の数々に励まされたことか。

そう感じてる人間って、世界中にいるんじゃねぇかと思う。

っつうか、ミュージシャンとして凄いだけじゃねぇ。

確かに牧師でもあったが、何度もグラミー賞をもらったような、ある意味『雲の上』の人なのに、『一般人』から協力を求められても、自ら直接連絡するような人だった。

自分自身は個人的に知り合いじゃなかったけど、ダメ元で連絡するように提案してみたら、実際に助けられたという知人達がいる。中には、「わざわざ日本まで来てくれた!!!」って喜んでた人もいたなぁ…。

一年前に亡くなった自分の友人も、よく彼の曲を聴いていた。今でも、この曲を聴く度にその友人のことを思い出す。

アンドレ・クラウチ師の偉業に感謝しつつ。

RIP…