Chuck Berry (1926 – 2017)

[ ニューヨーク / 家族 / 音楽 ]

1998年のことだったと思う。まだ結婚前だった自分は、ニュージャージーに住んでたが、コネチカットに住んでた彼女(後の嫁さん)のアパートに結構入り浸りだった。

その頃は、行きたいコンサートはなるべく2人で行くようにしてた。レイ・チャールズもB・B・キングも彼女と一緒に行った。

スタンフォードでチャック・ベリーがコンサートをするとのこと。日本じゃまず観れない。行くしかないと思った。

ある日、日本の雑誌で『ロックの神様』として紹介されてたことがあった。だとすると、ロック界におけるニックネームとしては、
親分 = ブルース・スプリングスティーン
王 = エルビス・プレスリー
父 = リトル・リチャード
神 = チャック・ベリー
ということになるんだろうか。

彼女はあまり興味なかったんだけど、当時ニューヨークに住んでた弟が話に飛びついてきた。

自分も弟も音楽が大好き。アーサー・アレクサンダーもトム・ウェイツも、ウィリー・デビルも、みんなあいつのおかげで知ることができた。チャック・ベリーなら、行きたいのは当然のことだった。

当日、弟は、ポケットサイズのジャック・ダニエルを上着の内ポケットに隠し、会場内でこっそり飲んでた。

コンサートは、往年のヒット曲の数々以外にも、結構ブルースっぽい曲もいくつかあり、期待してた以上に楽しかった。

自分は終始、切符に番号が書かれてる座席に留まってたが、酔っ払った弟は、席が空いてるのを見ると、どんどん前の方に進んでたっけ。

コンサートが終わり、会場を出た。

「おめぇは飲んどるけぇ、ええかも知らんが、わしもどっかで飲みてぇのぉ。腹も減ったし。」とか言いながら、入れそうな店を探そうとして歩き始めた。

すると酔っ払った弟が、結構大きな声で言った。

「なぁ、ひさくん。わしらぁ今、チャック・ベリー観たんよのぉ。チャック・ベリーで? わしゃぁ、もう、やることねぇ。死んでもええわ。」

兄弟揃ってニューヨーク近郊に住んでて、幸せだと思った瞬間だった。

RIP…


『Shine a Light』

[ Happy Hour / 信仰 / 音楽 ]

去年の10月のHappy Hour結成10周年コンサートに向けて、二人で「何か、新しいことやりてぇなぁ…。」とか語り合ってて、思いついたのが、多分まだ日本語訳にされてないと思われる曲を、訳してみようってことだった。

最初は別の曲を色々考えながら訳そうとしてたんだが、ある日、クリスチャン系とは全くかけ離れてるバンドのある曲を久々に聴いてて、「これじゃ!」って感じた。

ローリング・ストーンズの最も人気のあるアルバムの中の一枚『Exile on Main St.』(放題: メイン・ストリートのならず者)に入っている『Shine a Light』という曲。放題では『ライトを照らせ』ってなってるが、詞を理解すると、絶対そうならないはず。

以前から好きだった曲なんだが、多くの教会では、もうストーンズの曲だという理由だけで却下ってこともあり、クリスチャン関連の集会でこの曲をやるってのことを思いつくことさえなかった。とはいえ、『Happy Hour』というユニット名自体、酒に関する名前なんで、活動開始当初は、広告などで名前を削られ、二人の個人名だけ並んでたこともあったくらいなんで、思い切ってやってみようかと。

この曲を聴いてて思ったのは、みんな生きてると、周りに数人、必ず、「おい、しっかり生きてくれよ…。」って思える相手っているわけで、そういう連中に対してこの曲のような感情を持ってしまうってのもあるけど、ある意味、自分自身に対してもそういう時期があったかも…ってこと。Happy Hourの相方なんて、コンサートでこの曲の紹介をわしが終えたら、付け加えて、「うちの教会の人達のことを思い出す歌です。」とまで言いやがった。(笑)

ストーンズの曲とはいえ、あくまで相方が歌うのを想定して言葉や流れを考え、優しそうな言葉を選んでみた。当然アレンジも雰囲気も全く違うけど、歌詞自体は結構忠実に訳できてると思う。

コンサートの数日後、教会の礼拝堂で録音してみたんで、聴きたい人はこちらをクリック。うちの教会、去年末建物が売られて、以来使用に関して酷く制限があるんで、今後思い切って録音できないかもしれない。そういう意味では、我々の今後の活動のためにも祈っていただければと思う。

ちなみに、歌詞付の原曲はこちら

だが、特に原曲を知らない人には、是非原曲からの偏見抜きで我々の訳から聴いてもらえたらうれしい。


Kirk Franklin @ Kings Theatre

[ ニューヨーク / 信仰 / 音楽 ]

月曜の夜にテキサスの旅行から戻ってきたばかりだというのに、夕べは遥々ブルックリンまで夫婦で電車で一時間半かけて、友人と三人でカーク・フランクリンのコンサートに行ってきた。何度も彼の演奏は聴いてるが、他の人達との共演が多く、ソロのコンサートは久々。

開演前に、会場のすぐそばのジャマイカ料理屋『Delroy’s Cafe』で夕飯。サービスは親切ながらもちょっとヘタレっぽい部分があったが、メシは旨かったんで、付近へ行く機会のある人には是非お薦めしたい。

11月に発売されたアルバム『Losing My Religion』のためのツアーというよりも、デビュー以来過去20年のハイライトといった内容で、これまでのヒット曲は殆ど演奏していたと思う。

要するに、初期のヒップホップを中心としたものから、その後のクワイヤ重視の曲、そしてここ数年のカーク本人のソロも入った、色んなスタイルの音楽によるコンサートで、内容としては、かなり豊富だった。

これまで聴きに行ったゴスペルコンサートの殆どは、当然のことながら、演奏を楽しむ以上に、神への賛美のための集会といった雰囲気が強いわけだが、カークのコンサートに関しては、今回に限らず、自分の神に対する信仰の再確認だけではなく、「自分自身に素直になり切れているか」ということが問われる。

前日までの五日間のテキサスでの滞在が、単に昔住んだ土地に訪れ旧友達に再会できたということ以上に、それを通して神が何かを語ろうとしているんじゃないかという気がしてるんだが、翌日のコンサートが、なんとなくその続編のようにも思える。

Jesus loves y’all.


『宗教放棄』

[ 信仰 / 音楽 ]

CDなんて買ったの、何年ぶりだろうか。

でも今回は、アルバムのタイトルだけ見て、あえてレビューなども読まず、シングルカットされてラジオでやたら流れている一曲以外は全く聴かず、予備知識抜きで思い切って買ってみた。

数日前にAmazon.comから届いて、以来毎日車の中で聴いてる。

日本でも何年か前にゴスペラーズと共演して、クリスチャンじゃない人達にも多少名前が知られていると思われる、ゴスペル界の革命児カーク・フランクリンの新盤。

タイトルがなんと『Losing My Religion』。直訳すると『宗教を失う』みたいな感じなんだろうが、アルバム全体を通して聴くと、『失う』というよりも『捨てる』かな。

最初に入ってるのは、タイトル曲というより、カークが詞を読んでいるんだが、これが重い。

例えば、

「誰が正しくて誰が間違ってるのかとか、毎週日曜には、誰が白人で誰が黒人かで分かれたりして…」

「給料が安いからといって、てめぇの信仰も最低賃金を越えれられてない。だから世界を救うという時にも、何を語ればいいのか判らない。」

「もし愛してるはずの『兄弟』がゲイだと告白してきたら、突き放すのか? 脱退するまで裁き続けるのか? そいつが体感できる福音を伝えろよ。そいつが必要としてる、真実を包んだ愛を与えろよ。十字架は、俺みたいな奴も含めてみんなのためのものだろ。」

「宗教は牢獄だが、真実は俺達を自由にしてくれる。」

などなど、とにかく今自分が共感できることの多くが、カークによって語られてる。

(ちなみに、昔、REMというバンドが同名のヒット曲を出したが、カークもこの詞の中で一言だけ触れている。)

5曲目の『Pray For Me』も、「こんな裁かれても、ただ成長の邪魔になるだけだ。自分の罪なんて判ってるよ。着飾った言葉や綺麗事ばかりの嘘じゃなく、ただ俺のために祈ってくれ。」といった感じで、これまた宗教的なことをどうのこうの並べる前に、とにかく祈ることに専念しようという内容。

その次に入ってる『Wanna Be Happy?』は、前述のとおり、シングルカットされてるんで、ラジオでしょっちゅう聴いてたが、タイトルから想像させらそうな、「主を賛美してたら、心が平安で幸せな気分になる」といった、よくありがちな曲じゃなく、「今のままじゃいつまでも幸せにはなれない。この状態から抜け出したかったら、自分はどけて、イエスに舵を取ってもらえ。」という内容。個人的には、途中の「寝ながら泣きまくったり、両手を挙げて賛美したりしても、自分が(イエスに委ねるということを)理解するまでは何も変わりゃしないよ。」という部分が気に入った。

今回のカークのアルバムは、既成の『宗教』なんて捨てて、イエスとの『関係』に専念するべきだということを伝えている。いや、これまでも彼の作品にはそう思わさせられるものがあったような気がする。

確かに、神という、実在するかしないか証明できないのを信じてるということ自体が『宗教』だと言われればそれまでかもしれない。

でも『宗教』という言葉の意味は学者の数ほどあると言われていて、もしそれが拘束するものなのであれば、自分の『信仰』ってのは『宗教』だと思いたくない。

むしろ、新約聖書の中に含まれている、イエスの生涯について書かれた四つの福音書を読めば読むほど、イエスが否定していたのは、ユダヤ教の一部の祭司達だけではなく、実は宗教一般だったんじゃないかと思うことも多い。

とにかく、カーク、今回も見事にやってくれた。

結局、『形』じゃなくて『心』ってことかな。

Jesus loves y’all.


Crystal Bowersox @ Highline Ballroom

[ ニューヨーク / 音楽 ]

今夜はマンハッタンにあるハイライン・ボールルームまでクリスタル・バワーソックスのコンサートに行ってきた。

彼女については5年前に書いたんで詳しい紹介は省こう。

3日前の日曜午後、教会の人達と一緒にりんご狩りに行く予定にしてたら、なんと前日になって彼女が、うちから1時間ほど離れたとこにあるバーで夜に演奏することを知った。もしかしたらりんご狩りから早めに帰ってきたら行くのも可能かと思ったが、案の定無理だった。

気になったんでウェブサイトを覗いたら、なんと自分が仕事で出る水曜日にマンハッタンで演奏だとか。こりゃチケット買うしかない。すかさず嫁さんに頼み込んで許可を得た。

そして今日、マンハッタンのお客さんとこでの仕事を終え、開場まで時間が十分あったんで、紀伊国屋書店に寄ってみた。そしたらなんと、友部正人がいた。ニューヨークにはしょっちゅう来てるのは知ってたが、前々から、あまり人と話したがらないとも聞いてたんで、「友部さんですか? ファンなんです。ただそれだけなんですが。」という挨拶程度で済ませた。クリスタルのコンサートに向かう途中に友部氏と遭遇とは、神様も意味が深そうなことをしてくれるわい…。

会場に入ると、集まってる客は、自分を含む3、4人以外全員白人。それも殆どが50代以上で、70代っぽい人達も。まるでカントリー音楽の演奏でも聴きにきたみたいだ。

んでそのクリスタル、以前は、アコースティックギター一本でシブく決めてる印象だったけど、正式にデビューしてアルバムに入ってる曲などはロックバンド系のアレンジになってる曲も多く、残念な気がしてた。正直、今回もそういうステージになるんだろうという不安もあった。

だが、彼女が連れて出てきたのは二人だけ。一人はくウクレレ、もう一人はキーボードで、脇にはバスドラムとアコーディオンを置いている。キーボードとはいえ、終始ピアノの音しか出さなかったんで、全体的にアコースティックっぽかった。ハーモニーもよかった。

殆どが彼女のオリジナルで、しかも自分が知らん曲の方が多かったが、これだけ知らん曲の連発で感動させてくれたコンサートって、もしかしてこれまでなかったかも。

それも初めて見た頃の彼女のままだったんで、そういう意味でも嬉しかった。

アンコールは、レナード・コーエンの『ハレルヤ』で、間に『Amazing Grace』を入れた。数多くの人達がカバーしてて、正直ありきたりだが、今までで自分が最も気に入ったバージョンかも。

ところで、隣のテーブルにおばちゃん達が4人くらいで座ってたんだが、その中に20代っぽい女の子がいて、アンコールの頃には、「ごめん、こっちの方が見えやすいんでね。」とか言ってこっちのテーブルに座ってきた。時々自分に話しかけてきて、終了後には、なんと電話番号まで訊いてきた。

「そりゃないな。」って言うと、「え? もしかして結婚してんの? だったら指輪くらいしないと、奥さんに失礼でしょ!」などと言ってくるんで、「昔から指や腕に物を付けるのが嫌でね。ピアノも弾くし。」って言い返したら、その子は元のテーブルに戻り、「ピアノ弾くから指輪しないとか言ってる…。」と、周りのおばちゃん達に報告。

「ホンマかいな」とか「別に理由があったりして。」とか、そのおばちゃん達も色々言ってたみたいだが、この歳になって、若い子に電話番号聞かれるのって、決して悪い気はしない。(笑)

何はともあれ、クリスタルの場合、大きなアリーナより、今回のようなライヴハウスっぽい場所がちょうどいいような気がする。

次回この近辺に来たら是非また聴きに行こう。

そういえば、今夜はビリー・ジョエルもマディソン・スクエア・ガーデンでの月例公演だったとか。

でもやっぱ今回はクリスタルでよかった。