上田馬之助 (1940 – 2011)

[ プロレス ]
2011年12月21日 水曜日

自分がプロレスを見始めたのは、新日本プロレスでアントニオ猪木が一連の異種格闘技戦に一段落付け、スタン・ハンセンやタイガー・ジェット・シンといった外人レスラー達と抗争してたころ。タイガーマスクもまだ出てきてなかった。

そんな中、髪を金髪に染め、シンと共に悪の限りをつくしていたのが上田馬之助。シンがサーベルを持ち、上田は竹刀を振り回していた。

1981年、シンが全日本プロレスに移籍すると、上田も間もなく全日へ。正直、あまり上田のよさは出てなかったような気がする。

その後再び新日本プロレスに戻るわけだが、自分の印象に残ってるのは、長州力がジャパンプロレスを結成し新日本を脱退し、前田日明ら数名も新日を去り新団体UWFに参戦した後、レスラー層が薄くなった頃に猪木が藤波辰巳とシングル戦を行った時。試合後、悪役だったはずの上田が両者の腕を上げて称えた。

そして新日側の一員として、前田日明や藤原喜明ら旧UWF出戻り組と抗争していた頃は、ベテランっぽいいい味を出していた。

1996年に交通事故で体が麻痺して以来、車椅子生活を続けていたが、今日71歳で亡くなった。

親は牧師だったらしく、その影響があったのか、現役中は、悪役であるにも関わらず、老人ホームなどを訪問し寄付をし続けていたという。もちろん、それが当時のマスコミで報道されることは殆どなく、上田自信悪役レスラーとしてそれを望んでなかったという。

アメリカでは、マサ斉藤など悪役として大活躍した選手達はいたが、日本国内では、上田こそが最高の日本人悪役レスラーだったと思う。

RIP.


藤波辰巳

[ ニューヨーク / プロレス ]
2011年12月17日 土曜日

リングネームは『藤波辰爾』なんだが、なんとなく本名にしたかった。

友人の紹介で、今晩マンハッタンの居酒屋『六明社』で一緒に飲んできた。

最初は予想通り、ご夫人はしっかり喋ってて、ご本人はというとかなり物静かで、話しかけるのも失礼なのかと思わせるくらい。でも、飲むのが進むにつれて、徐々に、話し始めてくれた。

正直、プライベートな時間なんで、あまりプロレス関連の話題をこっちから突っ込みまくるのもよくないかなと変に遠慮してしまった。

とはいえ、バーカウンターのスクリーンに流れてた昔の試合のビデオには、食らいつくかのようにしっかり見てた。さすがに本人も持ってないような古い試合も流れてて、関心していた。

話題の内容としては、ここには書くべきではないと思われる業界関係のことなど幾つかあったが、結構色々語ってくれた。

現在のプロレス界に持つ不満な点はとりあえず一致してるのは確かかな。

話からして、今後もプライベートでニューヨークに来ることが多いと思われるので、時々会えたらええな…と思わされた、気さくな夫婦だった。


新日本プロレス in New York City

[ ニューヨーク / プロレス ]
2011年5月15日 日曜日

夕べは、新日本プロレス初の東海岸ツアー、マンハッタンにあるバスケットボールシティでの大会に行ってきた。

試合結果は、公式サイトを見ていただくとしよう。

会場は正直、酷かった。列が無かったら、どこが入り口か判らなかっただろうし、トイレも仮設。そんなの、きれいに使ってもらえるわけがなく、女性客達がかわいそうだった。同じバスケットボールシティでも、今回のピア36ではなく、マンハッタンの反対側、チェルシーピアの同名会場の方がよっぽどいい。

とはいえ、さすがに、日本の老舗団体の選手達だけあって、安心して見れる。

自分が一番楽しめたのは、IWGPジュニアヘビー級選手権試合、プリンス・デヴィットに、日本でもおなじみの元王者ロウ・キーが挑戦した試合。

正直、ロウ・キーって、なんとなく大技ばかりという印象が自分にはあり、あまり好きな選手ではない。

その反面、デヴィットは、地元アイルランドやアメリカでチャンピオンになった経験があるにも関わらず、日本に行き、若手として道場を掃除することから再出発したという、正に『puroresu』の選手。飛んだり跳ねたりの技も上手いが、基本のレスリングもしっかりしていて、結構好きな選手だ。

その次に楽しめた試合は、メインイベントのIWGPヘビー級選手権試合、自分が大嫌いなチャンピオン棚橋弘至に、対するはアマレス出身で元WWE、現ROH世界タッグチャンピオンのチャーリー・ハース。棚橋は嫌いだが、上手いのは確か。ハースが挑戦者と知って楽しみにしてたが、期待どおりの試合をしてくれた。

だが、色々考えさせられた。

全試合が終わっても、なんとなく満足感がなかった。

というのは、せっかく日本から選手が大勢来てるのに、どうも、新日を見たという感じがしなかったからだ。

どちらかというと、よくこの近辺で行われてる多少質のいいインディ団体の興行に新日の選手達が大挙ゲスト参戦してる程度くらいにしか思えなかった。新日を見せるというより、新日の選手達がアメリカ向けのプロレスをやろうとしてるように思えた。

もちろん、アメリカ人客用に、時々こっち向けの動きをした方がウケる。地元の選手を使わなければならないのも判る。

が、ならば日本からの選手を減らし、現地選手は前座でお互い対戦させたり日本人の若手と絡ませたりして、後半、特に最後の二試合くらいは、通常新日に参戦してる選手同士の「これが新日」と言えるような試合を組むという方法もあったんじゃないかと思う。今回ツアーしているニューヨークやフィラデルフィアといった地域は、プロレスだけに限らず、サブカルチャー的なものでもしっかり楽しんでくれるハードコアなオタク達が大勢いるんだから、それでも十分通じたんじゃないだろうか。

例えば、自分が新日で現在一番好きな中邑真輔。トップ選手の一人であるにも関わらず、昨日だけではなくその前日のニュージャージーや今夜のフィラデルフィアでも、出場したのは、前座の6人タッグや8人タッグ。おそらく夕べ同様、他の会場でも、良さを見せることなく終わったんだろうと思う。そりゃ生で観れたのはよかったけど、こういう扱いならわざわざ連れてこなくてもよかったんじゃないかな…と思った。もっとも、彼の良さってのは、『puroresu』に詳しくない多くのアメリカのファン達には理解してもらえそうにないような気もするが。

新日だからといって期待し過ぎたか?

いや、実際、以前からアメリカでツアーしている日本の別団体は、彼ら自身の良さを見せながらも、現地ファン達に受け入れられていて、正に自分が上に書いたような感じだ。

決して楽しくなかったわけじゃない。前にも書いたが、選手の質がいいんだから、試合そのものは楽しめた。

ただ、色んな要素を考えると、今後があるのやらどうやら気になる。何度でも来てほしいんでね。


大相撲

[ プロレス ]
2011年2月8日 火曜日

所詮この世なんて、政治も経済も全て八百長みたいなもんじゃろ。裏で力を持ってる連中がマスコミとかを利用して、うちらのような凡人を洗脳してるだけなんじゃねぇの? まぁ、アメリカの場合、洗脳の手段として宗教指導者達が絡んでくるんで、これまたうっとうしいが…。

んで、大相撲の八百長疑惑?

ったく、何を今更…。

個人競技。

大金絡み。

そのうえ『国技』なんもんで、祭上げられる。

八百長やる条件、全て揃っとるじゃねぇの。

大騒ぎするほどのことじゃねぇよ。

わしゃぁ、これまでどおり、気楽にプロレスでも楽しむことにすらぁ。(笑)


Dragon Gate USA in Manhattan

[ ニューヨーク / プロレス ]
2011年1月29日 土曜日

昨夜は、友達と3人で日本のプロレス団体『Dragon Gate』初のマンハッタン大会に行ってきた。

試合開始が7:00pmだっつうんで、5:30pmに3人で『居酒屋ウェスト』で待ち合わせし、軽く(?)食事。といっても、ビールはピッチャー3、4杯いったかも。

会場は、なんと、音楽ファンの間では有名なタイムズスクエアのB.B. King Blues Club & Grill。中に入ったことがなかったんで、あんなとこでプロレスなんてできんのか、って最初は疑問だったが、中に入ってみると、ステージの前にリングが設置してあり、ステージにも3、4列ほど座席があったりで、普通のインディの試合くらい、またはそれ以上の収容数だったかも。

Matt McCarthyちなみに、そのステージ席の最前列には、見たことがある男が。アメリカでテレビをよく見る人なら、必ず一度は見たことがある、あの男だ。一緒に行った友人の一人がおしえてくれて、最初は、ただ似てるだけだろと思ってたが、あのヒゲ、目つき、広めのおでこといい、よく見ると、やっぱ彼だ。

さすが日本の団体、7:00pmにちゃんと試合開始。ニュージャージーのインディ団体を中心に活動するサミ・カリハンを相手に、戸澤陽が盛り上げる。

以降、ローカルの選手同士の試合が続いた。何試合めだったか、場外、それもステージ席の前あたりでの攻防があった。案の定、一部の客からは、「cable!」や「We want FiOS!」の野次。

メインエベントかと思ってたBxBハルクとYAMATOの試合は、なんと前半に行なわれた。もしかしてハルク、調子悪かったか…?

実際に最後だった試合は、CIMA & ドラゴン・キッド 対 吉野正人 & PACのタッグ戦で、イギリス人のPAC以外は3人とも日本人。

試合後、別の友人と飲みに行く約束をしてたので、早く終わりそうな気配を感じた自分は、このタッグ戦の途中に別の友達に電話し、早速呼び出す。

終わってみると、楽しかったのは確かだが、2時間で終わらせるくらいなら間に休憩時間でも入れて、売店をチェックしに行く余裕くらいあればよかったかも。その反面、あの、常に動いてばかりで落ち着かない試合がずっと続くなら、2時間でもよかったのかなぁ、という微妙な気分だった。でもやっぱ、押すとこと引くとこのバランスって大切だ。そういう意味も含めて、全体的に前回のニュージャージー大会の方がもっとよかったと思う。

結局終わったのが9:00pm過ぎ。自分が行ったプロレスの大会で2時間程度ってのは、もしかしたらテキサスでVFWという米軍退役軍人の組合みたいな場所で行なわれた試合以来かも。それも1990年代初期だったんで、20年近く前の話。

会場を後にし、一緒に行った2人と別れた直後に、呼び出してた友人から着いたという電話があったので、『伊勢』に向かった。2階には座敷もある店だが、金曜だというのに、ラストオーダーが11:00pm。それから1時間後、メニュー少なめでバーのような雰囲気で再オープンするとか言ってたが、その1時間どうせぇっつうんじゃ!と言わんばかりに、店を出て、今度は『丼屋』へ。

なんだかんだで、これまた別の友人と『六名社』で飲みまくった前夜同様、終電の一つ前の電車で帰宅。

5月にはなんと、日本の老舗団体『新日本プロレス』が東海岸初興行。ニュージャージーやマンハッタンでも試合がある。その頃は赤ん坊も産まれてるわけだが、昔から好きな新日だし、やっぱ行きてぇよな…。