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広島ブログ

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ぶ〜たれ: 分類なし - 特にカテゴリに入れてないもの

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2008年11月 5日

dream is over...

政治家なんて信用してない。

本当に人々のことを真剣に考えてる人間が、大勢の人の上に立てるわけがないと思ってるし、選挙の演説にしても、みんなが聞きたいことを喋ってる程度にしか思ってない。いくらいいことを言って、その内容に感動しても、全てを鵜呑みにすることはできない。それに踊らされて盛り上がってる人達を見ても、しらけてしまうことが多い。

開票も終わりに近づき、新しい大統領も確定した。

白人じゃないってだけで、多くの国民からの余計な『突っ込み』もでてくるだろうし、これまで以上に暗殺の計画も増えるだろう。

お祭り騒ぎは終わりだ。初の黒人大統領という『夢』もここまで。これまでの大統領以上に厳しい現実が待ってるはず。

だが実は、仮にもう片方が勝ってたとしても、「どうせ白人しか…」という意味で、まったく同じタイトルにしようと思ってた。

だから今夜は素直に喜ぼう。この国が、一つの厚い壁をぶち破ったから。

現政権が酷過ぎるという理由もあるだろうが、選挙中、批判を繰り返し国民の中にある溝を大きくするばかりの敵陣による演説とは正反対に、人々に希望をもたらすことに重点を置いてきたことが圧勝につながった要素だったのも事実だろう。確かに彼が演説で言ってたことの殆どに、自分も賛成したし、その内容に感動することもあった。

この歴史的瞬間に、この国に住んでて、やっぱよかったと思う。

いつの日か自分の孫に、「昔はな、白人の男しか大統領になれなかったんよ。初めて黒人が大統領になった時、爺ちゃんも婆ちゃんも、テレビ見ながら喜んでなぁ…。」ってな感じで、話せる時がくるのかな。

あ、その前に子供が先か…。


2008年10月28日

この人でええじゃろ

大統領選も、いよいよ来週の火曜に迫ってきた。

vilda.jpg

今年二月、ネブラスカ州にあるウィルバーという小さな村のメインストリートのバーで、B.E.E.R. Party (ビール党)からの大統領立候補者として、レス・ヴィルダ氏が任命された。集った中、87%が彼の任命に賛成し、それ以外の連中はおそらく酔っ払っててわけがわからんかっただけらしい。

ヴィルダ氏曰く、国を引っ張ってくこととか、権威とか、今アメリカが直面している問題には全然興味がなく、「こうやってれば、いい金になるだろ?」とのこと。

ちなみに、副大統領候補任命は、選挙の三日前の、今週土曜だとか。

公式サイトはこちら

っつうことで、この人でよくねぇ?


2008年10月27日

Wassup 2008

前半がオリジナルのバドワイザーCM(映像と音がずれてる)。続いて同じキャストと監督による、バドワイザーとは無縁の2008年版。

あれからもう8年か。早いもんじゃのぉ…。


2008年10月 8日

アメリカ国王

18世紀後半に起こったアメリカ独立戦争の後、一部の住民達の間では、ジョージ・ワシントンを初代国王として、アメリカに王国を築こうという案もあったらしい。一国の王位を拒否した、唯一の人間ではないかとも言われている。

でも、もし、ワシントンが国王になってたら…、

現在82歳のテキサス州在住、ポール・エメリー・ワシントン氏(写真右、念のため)が、今頃アメリカ国王になってるはずらしい。

日本は家系を大切にする国なんで、足利家とか徳川家の子孫が、現代においても、いわゆる『いい暮らし』というのをしてても不思議じゃないんだろうけど、このポールさんは、サラリーマンとしてある製造会社に長年勤め、下から這い上がり地区責任者にまでなった人だとか。


2008年10月 7日

三周年

今日でブログ始めて三年経った。

最近は、連続して書いたり、一ヶ月近く書かなかったりで、波が出てきたように思われる。

先日の和田アキ子ネタへの反応を見ると、みんな読んでないわけでもないらしい。ありがたいこった。

今後もよろしゅう。


2008年9月 4日

10年目

今日は結婚記念日。9年前だったんで、これから10年目。あっと言う間だった。

嫁さんとは、結婚するまで4年半付き合ったけど、付き合い始める半年前に知り合ったんで、なんだかんだで、出逢ってから14年くらいになる。早いもんじゃ。

来年の今頃は、10th anniversaryか…。その頃には念願の初子とかいるんだろうか。それとも、未だに二人っきりで、記念旅行でもやってんだろうか。


2008年8月 8日

備中町の女王

自分の故郷、東城町に、『備中町(びっちゅうまち)』という地域がある。

岡山県から国道182号線を通り、東城の街に入り、東城川に架かる『大橋』を渡ってから突き当たりの古い旅館までの商店街とその周りの裏通りのことをいう。備中国(岡山県)から備後国(広島県)に入ったとこの市街地だったからそう呼ばれるようになったらしい。

その昔、備中町に、ある夫婦が営む化粧品やシャンプー、石鹸などの美容・健康商品を売る店があった。線香とかロウソク、虫除け関連の物も売ってた。あと短期間だが駄菓子屋やってた時期もあったっけ。結局、何屋と言やぁええか、ようわからんかった。

夫は、陸軍兵として日中戦争にも行ってたということを想像させないくらい、柔和そうで物静かな人。そのせいか、日本人女性としては比較的体が大きく、顔も大きく、おまけに声も大きい妻の方が目立っていた。

その夫婦には7人の子供がいた。それぞれが結婚して子供を儲け孫が16人、やがてその孫達も育ち曾孫も数名与えられた。

正月や盆などの集り事には、その家に、子供や孫達の大半が集結し、まるでどこかの幼稚園の遠足か、あるいは商店街の集会かと思わせるくらい賑やかになり、大宴会が開かれていた。

家族が集らない時でも、店の奥の居間に座ってるその夫婦のとこには、しょっちゅう誰かが遊びに来ていた。多くの場合、備中町のご婦人達で、中年の人達はもちろん、どう見ても孫がいるだろうというくらいの年齢の人達まで、彼女のことを『お姉さん』と呼んでいた。

時には、その人達を呼んで、花札を打ってたこともあった。

日本で『カラオケ』なるものが出始めた頃、早速その夫婦は8トラの専用機を買い、近所の人達を集め、カラオケ大会をやっていた。広島県のローカルTV番組が取材に来たことさえあり、隣の家が会場だったにも関わらず、それを仕切る中心人物として紹介されたのも、やはり彼女だった。

幼い自分にとって、彼女は正に『備中町の女王』だった。

だが、そんな彼女も次第に年老いていった。

今回の帰国では、会話さえできなかった。その夫婦に挨拶に行き、彼女が既に全然声も出ず会話もできない状態だったんで、別の部屋で夫と話してると、奥からかすかな声で、『誰が来とるん?』と聞こえた。再度彼女のとこに行き、今度は手を握り、「尚玄じゃ。帰っとるんで。」と言うと、口だけではなく、マブタも少し動いた。

その前に会ったのは、一年半前の前回の帰国の際。その時は既に寝たきりだったが、意識はまだまだしっかりしてて、会話もちゃんとできてた。彼女と話してると、夫が入ってきて、「うちはそろそろ夕飯じゃ。わしゃぁ昔の人間じゃけぇ、男が女にメシの面倒してやっとるような姿は見られたくないけぇ、悪いが帰ってくれ。」と言う。帰りがてらに彼女に、「でもなぁ、この歳になって、やっと爺さんにメシの世話してもらえるのも、ある意味幸せなんかもよ。」って言ったら、彼女はその日初めて見せた大きな笑顔で、「そうじゃ、そうじゃ。」と返してきた。それが最後の会話だった。

タイミング悪く(?)、自分が今回の帰国を済ませニューヨークに戻ってきてから数日後だった。

でも、今は楽しかったことしか思い出せない。

近所の人達から『お姉さん』と呼ばれ親しまれている姿。

斜め向かいの家で飼われてた九官鳥にまでマネされていた、甲高いが深みもある、うるさいくらい大きな笑い声。

子供や孫を集めての伝説の大宴会の数々。

そして、最後に見せてくれた最高の笑顔。

90年間、お疲れさん。婆ちゃんの孫で本当によかったよ。


2008年5月17日

[映画] The Fabulous Baker Boys

嫁さんと夕飯を済ませた後、適当にテレビのチャンネルを変えてたら、この映画が始まったばかりみたいで、思わず終わりまで見てしまった。

映画にはあまり興味ない自分だが、実はこの映画は、大学時代に何度もビデオを借りて観たくらい好きな作品。先日紹介した『Iron Man』で悪役として出てたジェフ・ブリッジスが、自分にとって数少ない好きな俳優の一人になったってのも、この映画がきっかけ。大ファンじゃないけど、『The Last Picture Show (邦題: ラスト・ショ−)』や19年経って作られた続編の『Texasville』、そしてこれまた好きな俳優の一人であるロビン・ウィリアムスと共演した『The Fisher King』とか、どれも好きな映画だったりする。ただ、『Last Picture Show』以外の三つでの彼の役って、なんとなくやる気がなさそうで、人生の中に大きな迷いを持ってるってな感じで、雰囲気がピッタリの様な気がする。もちろん他にも色んな映画で、全然違う役やってんだけど。

恋のゆくえ』という邦題がついてるとおり、スージー(ミッシェル・ファイファー)とジャック(ジェフ・ブリッジス)の関係に注目する人もいただろうし、ジャックと兄フランク(ジェフの実兄のボー)との間の問題が目立ったのも確かだけど、ピアノを弾く人間としては、ミュージシャンとしてのジャックの葛藤がこの映画の重点だったように思える。

音楽関係の映画ってこともあって、デイヴ・グルーシンによるサントラもなかなかいい。

色んな意味でシブい映画だと思う。


2008年5月13日

竹原慎二

…のブログを偶然見つけたんよ。

竹原慎二はブタっ鼻

広島県人のわしにとっちゃぁ、ホンマに面白いんじゃ、これが。

じゃあの。


2008年5月 5日

東城町HP

何年もデザイン変えてなかったし、2005年3月に施行された『平成の大合併』の際の隣町への統合による比婆郡東城町の『消滅』以来、内容も殆ど更新してなかったけど、やっとその気になったんで、色々いじってみた。思い切って、新しいドメイン名も取得した。

本当は、消滅前の東城町役場が持ってた『tojo.net』ってのが欲しかったんだけど、登録期限切れ後のオークションで負けて、今ではどこにでもあるただの検索ページになっている。ダメもとで、役場に直談すりゃよかったと悔やむところだ。っつうことで、『tojo-cho.com』で登録。数年前から持ってる『東城.jp』も使えるようにした。

町役場が公式サイトを始めるもっと前から、自分がサイト作ってたし、もう一つ東城について結構詳しく載ってるサイトもあるけど、多分それよりも自分の方が先だったんで、サイト名の最初に『元祖』をつけている。

合併までは、比婆郡の中心地みたいな町だったけど、今では隣町が中心なんで、今後も過疎化がどんどん進むはず。寂れた町だし、帰国して住みたいとも思わないが、生まれ育った場所であることには変わりはない。

大したサイトじゃないんだが、故郷に対するせめてもの恩返しに、今後も続けていけたらと思う。

元祖『東城町ホームページ』


2008年5月 3日

[映画] Iron Man

今日、ホワイトプレインズのCity Centerにある映画館へ行った。

主役のロバート・ダウニー・Jrって、うまいね。実はそんなに彼の映画観てないんだけど(っつうか、映画ってもの自体あまり観ないんだが)、昔観た、チャーリー・チャップリンの伝記『Chaplin』でも、結構よかったんで、俳優としてはいい印象がある。あの映画、自分は実は好きなんだけど、一般的には結構不評だったなぁ。

実は、この原作の漫画、絵を見たことがあるってだけで、殆ど知らないまま映画を観たんだけど、そういう自分でも楽しめたんで、昔から原作を知ってる人達はもっと楽しかったんだろうな。

観に行こうと思ってる人、必ず最後のクレジット(日本ではテロップ? スーパー?)が全て終わるまで映画館を去らないように。

ちなみにこの映画、今週木曜だけで550万ドル、金曜には3500万ドルの収益を上げたらしい。


2008年2月20日

月食

今夜は、嫁さんが会社のイベントの関係で夕飯喰ってくるってことで、自分は自宅で友達呼んで、黒豚ソーセージを湯がいたやつと、Trader Joe'sで買ってきたメキシコ風『叉焼』をつつきながらビール飲んでた。

友達を送ってって、そいつが住んでるとこの駐車場に入った直後、嫁さんから電話があり、「月食が見えるよ。」とのこと。思わず、車を停めて、二人で眺めてた。その場所には、もう一人友達が住んでるんで、そいつにも電話をして、三人で、車のヒーターをガンガンにかけて、サンルーフを開けて、半分プラネタリウム状態。

月の上の方が、まるで菓子パンの焦げ目の様に薄黒くて、下の方は、特に淵のあたりが、結構眩しいくらいに光ってた。さすがに携帯のカメラじゃちゃんととれんし、自宅に持ってるデジカメでも無理だっただろう。

普段、あまり気に留めないけど、こうしてじっくり見たら、なかなかええもんだ。これが日本の田舎だったら、こんなのもネタにして、「あぁ、月食じゃのぉ。」とか言いながら、一杯やっちゃうのかなぁ…。


2008年1月23日

37歳

去年の誕生日はある意味散々だったし、せっかくの誕生日なんで、久々にちょっと贅沢してPasta Nostraへ。

これまで37年生かせてくれた神様へ、そして37年前この地上に送り出してくれた両親へ感謝を込めて、この日を過したい。

…とでも思わなきゃ、やってられるか! 37じゃと!? もう40へ秒読みとっくに開始しとるじゃねぇか!!!


2008年1月22日

疲れた。

先月から、毎週木曜に、今の会社とは別のとこで働いてるんだけど、それが来月から火・木と週二日になる。今の会社とは、月・水・金にどうするのか、11月から話し合ってきてたつもりだったが、どうも社長にはっきりとした答えを出そうという気がないらしい。おまけに、来月からどうなるかわからないその会社から、ちょっと時間のかかる仕事を任せられた。時間も無いし、さすがにちょっと焦る。そのうえ水・木と、病気だったし。

そんなバタバタした中だが、先週末はまたもやパーティでメリーランドまで。今度は義姉の誕生日。っつうか、この半年で三回目じゃ…。飛行機で行くには近過ぎて、車で行くのにはちょっと遠く、中途半端な距離。金曜の夜に出て真夜中に到着。土曜は昼間パーティの準備を手伝って、夜は飲みまくり、そして日曜の昼前に起き、午後早目に出て、途中Mitsuwaでラーメン喰って、夕方に帰宅。

当初は行くの面倒だったけど、仕事のことで色々考えてたんで、ちょっとした気晴らしになったかも。

というわけで、ふっきれた自分は昨日、会社に行って社長に対して面と向かって辞めると伝えるつもりだったが、どうやら欠勤らしい。いつもお客さんのとこ色々周ってる自分は、次いつ会社に来るかわからんので、メールで辞表を。これですっきりした。

…と思ってたら、任されてる仕事、なかなかうまくいかん。一つ問題解決するとまた一つってな感じで、そのうえお客さんには急かされるし、退社まで時間ねぇし…。

久々に、体力的にも精神的にも超疲れとる様な気がする。ちょっと頭痛っぽいかも。


2008年1月 1日

年末年始

夕べは、昨年同様、あるご家庭に招いてもらって、年越しを。得意のズリ・心臓炒め(プラスGuiness Draft 12本)を持ってった。

んで、今日は、友人数名と、クイーンズのフラッシングにある金剛山(Kum Gang San)という韓国料理屋に行ってきた。みんなで焼肉喰ったが、まぁまぁかな。でもあれだったらマンハッタンのコリアン・タウンにもっと美味しい店がある。

その後は他の人達の買い物に付き合った後、カラオケへ。古い曲のみだが日本語もあるってことで、ある店に入った。が、本当に古い曲だけで、殆どが演歌。それもかなり使い難いシステム。やはりカラオケもマンハッタンに行った方がいいのか…?

この国にいると、あまり正月って感じがせんが、明日は休みをもらってて、明後日も木曜だけ働いてるとこが休みなんで、今回は数年ぶりに三箇日ゆっくりできる。

今年もよろしく。


2007年10月15日

World Downtown Headline News

2004年だったか、ダウンタウンが主役であるにも関わらず、約半年という短い期間しか放送されなかった伝説の番組があった。

時々日系食料品店にビデオを借りに行って見てたんだけど、後で知ったところ、ダウンタウンのファンの間ではカルト的な人気があったのに、実際には放送作成費がかなりかかったらしく、長続きしなかったらしい。

ってなわけで、YouTubeで幾つか見つけたので紹介(後日、全て削除されたらしい)。

第一回: パート1 - パート2

第二回: パート1 - パート2

第三回: パート1 - パート2

後半はだんだんと下品なネタが増えてマンネリし始めたけど、最初に見た際の、その妙なセンスには結構感心してしまった。

第三回以降の放送もアップされてるみたいなんで、暇な方は是非どうぞ。


2007年10月10日

いつのまにか…

このブログ始めて二年経ってしまった。

最近は行動パターンがマンネリ化しつつあって、それと言って書くことがないんだが…。


2007年7月24日

フォーチュン・クッキー

フォーチュン・クッキーがなにかわからない人は、Wikipediaを参照していただくとしよう。Wikipediaって、誰もが編集できるんで、専門的・オタクっぽい記事は結構いい加減であてにならんが、こういった、事実を曲げようにも曲げられない程シンプルなことに関しては、結構役に立つ。

自分は、占いとかおみくじとかは嫌いなんで、チャイフー(アメリカにあるチャイニーズ・フードの略であって、中華料理とはこれまたちょっと違うんよな…)喰いに行っても、後から出てくるクッキーを開くことは、あまりない。友達とかと一緒に行くと、話のネタってことで一緒に開いたりするが、大体は、「だから…?」って思うことが殆ど。

だが、今日の昼飯で一人でチャイフー喰いに行った時に、なぜか、「今日は開いてみろ。」という声が聞こえたような気がした。

まぁ、別に、これで人生左右されるわけじゃないし、何が書いてあっても動揺することなんて無かったんで、とりあえず開いてみたら…

「The next move is up to you.」 (次の一歩は自分次第)

うわ…。

そろそろ会社辞めて独立したいと思ってたけど、なかなかタイミングが掴めず迷ってた自分は、ちょっとびっくりしたかも。

いやいや、たかがクッキーの一言で惑わされては…。しっかりイエスの御名によって祈って決めねば……とか思いながらも、滅多に開かないクッキーの中の、かなり的をついた一言だったんで、焦ってしまった。


2007年6月23日

カポエイラ

友人が最近習ってるらしく、進級式があるとかで、イーストビレッジにある教会まで行ってきた。

カポエイラについては、このサイトに詳しく出てるんで、ここでは省略。読んだら判るとおり、その由来については、不明な点もあるが、どちらかというと踊りとして伝わった部分が大きいらしい。

実際に見るのは初めてだけど、子供達から大人の上級者達までの式と演武が行なわれたんで、かなり長かったが、間にスティックをぶつけ合うダンスなどもあったりで、結構おもしろかった。全体的に(特に初級者達は)確かに踊りっぽいんだけど、一部の上級者達の演武を見てると、実戦でも使えるんじゃねぇかと思ってしまう動きだった。

こうなったら、カポエイラの原型となったアフリカの格闘技とかが、実際どんなものだったか気になってしまう。

最後の方は腹が減ってたまらんかったんで、ビレッジの『蕎麦屋』に初めて行った。まぁ、あれじゃったら誰かのおごりじゃない限り、当分行かんな。

メシ喰って会場に戻ったら、丁度終わったとこだった。サンバもやるとか言ってたが、逃したらしい。

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