Merry Christmas!

[ Happy Hour / ニューヨーク / 信仰 / 音楽 ]

今年は珍しくクリスマスイブが日曜日。

うちの教会としては、夏に約21年使ってきた建物を追い出されて、初めてのクリスマス。なので、例年のような盛り上がりは全く期待してなかった。牧師もいないし、人数も少ないんで、無理して派手なことをやる必要もない。

そういうわけで、ここんとこと殆ど変わらない、いつも通りの12:30からの礼拝にした。

「そりゃ今年は、やっぱヒサさんでしょ。」とか言われてたってこともあり、人生初のクリスマスのメッセージを取り次がせていただいた。暇な人はこちらのページから聴いていただければと思う。

夕方には、今年クイーンズに新しくできた日本語教会のクリスマスイブ礼拝に、うちの教会から数人で出席。自分も二曲、特別賛美としてピアノでの伴奏をさせていただいた。

一曲目は、数か月ぶりにHappy Hourとして、それも初めて特別なアレンジ無しの讃美歌第二編 219番『さやかに星はきらめき』 (O Holy Night)。相方は、これまでほぼ毎年うちの教会のクリスマスイブのキャンドルサービスで、別の人の伴奏で歌ってきたが、自分の伴奏で歌うのは初めて。去年のイブ礼拝で初めて彼女がこの曲を歌わなかったんで、「来年はわしがやるぞ」と宣言してしまった。

アルペジオばかりで、それも自分のこの小さい手を常に一杯に開いてないと弾けないような曲。先週マンハッタンの日本人教会をお借りして二人で練習した時、相方が、「なんだ、弾けるじゃん。実は今日練習してから、きついからあきらめるとか言い出すんじゃないかって、心配してたんだよね。」とか言いやがったんで多少意地になってた部分もあったが…。

実際の演奏では、一つだけ音を間違えたが、瞬時に、「これくらいのことでビビらず、あくまで神を賛美しよう」と心を入れ替えることができた。ここんとこ、キーボードが中心で、ピアノを弾く機会が減ったんで、弾いてる途中で、やけに嬉しくなって、その分更に神に感謝したくなった。相方も、すごく歌い易い伴奏だったということで感謝してくれた。

二曲目は、一緒に行った別の教会員による自作曲。それもこのクリスマスのために書いたという『Jesus was born for you』。元々はギターで弾き語りするものだったが、本人の依頼で、これも自分のピアノでの伴奏になった。曲の雰囲気からして、ピアノでも十分良かったと思う。彼の曲は、自分自身の気持ちを純粋に表現するのが多いので、クリスチャンでない人達にも訴える何かがあるんじゃないかと思うが、これもそんな曲の一つのような気がする。

礼拝後には、ご近所にいらっしゃる、その教会の常連のご家族のお宅で、食事会。そのご家族とは初めてお会いしたが、料理も全て美味しかったし、数年ぶりに会う友人もいたりで、楽しい時となった。

牧師もいなければ、建物もないうちの教会だが、ちゃんと普通に自分達での礼拝を持てたし、人数が少ない分身軽で数人で一緒に他教会の集会にも出席できたし、期待してた以上に充実した楽しいイブだった。

Merry Christmas!


2017年12月のプロレス観戦

[ ニューヨーク / プロレス ]

こんな題名つけると、そんなにいつも観に行ってるのかと思われるかも知らんが、実は最近少ない。ただ、今月に入って2回行ったし、他に題名を思いつかなかったもんで。

9日(土)には、クイーンズでプロレスの興行が2つあった。いや、他にもあったかもしれないが、ニューヨーク周辺のプロレス興行の一覧を載せてるウェブサイトもやっている自分が知ってるのはその2つだけで、両方とも面白そうだった。

自分は夕方早めに始まるWUW (World of Unpredictable Wrestling)の方に行った。La Boomというクラブというかライブハウスでの試合。

WWF(現WWE)の前座で活躍していたジョニー・ロッズという選手が、数多くの名ボクサーを生み出したグリーソンズ・ジムでプロレスを教えていて、元々はWUWも彼の生徒達を中心とした団体だったが、ここんとこメキシコから選手を連れてくることが増え、ルチャリブレ色の強い興行が続いている。

もう片方は、EVOLVEという、元々典型的なインディ系の団体で人気が出たが、最近はWWEと提携してるせいか、前ほど過激な試合をしなくなったと言われる団体。去年21年ぶりにテキサスに行った時、プロレスを観に行った際に出てて結構気に入ったキース・リーという選手が活躍中。

多少悩んだが、マニア気取りの観衆がウザいかもしれないと思われるEVOLVEよりも、メキシコ人が家族連れで集まり、オタクっぽい失礼なヤジも少なく、素直にリング上で起こっていることを楽しむんじゃないかと予想されるWUWにした。

実際、会場の雰囲気は、自分がよく観に行くような試合とは違い、みんなで楽しむという感じだった。

前半は、ロッズの生徒らによる試合。「まぁ、こんなもんだろう。」という試合を、一緒にいた友人と、時々失笑しながら観た。

後半になると、プロモーター自らリングアナウンサーを務めてたロッズ本人が、マイクを持ったまま、レフリーのカウントに合わせて数えたり、悪役レスラーにブーイングまでする始末。さすがにあれは余計。まるでどっかの田舎の商店街のイベントで、自ら司会をかって出てマイクを持って余計なことを喋ってるオヤジみたいだった。正直、「これさえ無ければなぁ…」といった感じだった。

メインは、90年代に新日本プロレスで活躍し、先日メキシコでの試合に負けて覆面を脱ぐ羽目になったドクトル・ワグナー・ジュニアと、L・A・パーク (元祖ラ・パルカ)のシングル戦。パルカなんて、滅多にこの周辺で観ることはできないし、当日も途中まで本当にちゃんと来るかどうかも判らなかった。

試合前に2人ともマイクを握って喋るが、スペイン語なんで殆ど理解できず。

おそらくパルカは、「お前、こないだ試合で負けて覆面脱いだのに、なんでまた覆面被って出てきてるんだ。」みたいなことを言ってたんだろうと思う。結局予想通り、試合前に自ら覆面を脱いだワグナー。2人とも50過ぎてるが、結構盛り上げて、いい味出してたと思う。

2017-12-09 WUW - L.A. Park vs Dr. Wagner Jr.

また、メキシコのプロレス団体AAAの現女子チャンピオン、レディ・シャニの試合を初めてまともに観たが、評判どおりなかなかいいと思った。

そして夕べは、うちの近所の会場にWWE Smackdown Liveの大会があるってんで、友人夫婦との3人で行ってきた。歩けない距離じゃないけど、その2人が車なんでついでに乗せてってもらった。

WWEは、去年の11月に、二軍的な役割を持つNXTの試合を観に行ったが、メインの興行としては7、8年ぶり。この会場はコンサートなどで何度も来てるがプロレスは11年ぶり

当然、それ以来何度もこの会場にWWEは来てるわけだが、なんとなくそこまで行きたいとは思わなかった。今回は中邑真輔が出るというんで、彼の試合は何度も生で観てるが、せっかく近所なんで行くことにした。

とはいえ、その真輔はなんと二試合目。普段はテレビ中継の最後の方に出る、所謂メインイベンターなんで、正直、この前座扱いには驚いた。ただ、相手が抗争中のサミ・ゼインだったので、休憩後の後半にでも、それぞれのタッグパートナーを含めての絡みがあるんではないかと思い、ほんの少しだけ期待していた。結局なかったけど。

自分は殆どWWEを生で観ることがないんで、多くても数百人しか集まらないインディ系の興行ばかりに慣れてるせいか、照明や音楽、モニターに映し出される動画など、全ての面で突っ込みどころが少なく、当然のことながら改めて世界最大のプロレス団体の凄さを感じた。っつうか、比べちゃダメか。

テレビ中継じゃなかったんで、どうせタイトルマッチも王座移動がないのは予想がついてたが、マイクで長ったらしく喋ったりの余計な芝居などが無く、試合だけを楽しめたし、感動するような試合こそ無かったが、とりあえずは退屈せず安心して観れた。

普段テレビに出る選手達がいつもやってるような試合を会場で観てるだけ、と言えばそれまでだが、やはり生だと気持ちの面で違う。特に、両方とも大ファンってわけじゃないが、リック・フレアーの娘のシャーロットと、ジム・ナイドハートを父親に持ち、ブレットとオーエンの姉エリー・ハートを母親に持つナタリアの試合を初めて生で観るのは、やはり昭和プロレスファンとしては感慨深いものがあった。

真輔については、最近負けが続いたり今回のように前座だったり、少しずつ扱いが悪くなってるようだが、あえてしばらくそうしておいて、1月の『Royal Rumble』優勝で驚かせ、毎年春に行われる世界最大のプロレスイベント『WrestleMania』でのWWE世界王座挑戦権を勝ち取り、現王者のA・J・スタイルズと一騎打ち、という会社の意向かもしれない…というのが一部のファンの予想。

自分も多少期待はしているが、もし本当にそうなっても、さすがに昨年1月に新日本の東京ドーム大会で2人が見せたレベルの試合を望もうとは思わない。

とりあえず初めて日本人選手が本格的にWWEのメインイベンターになっているという事実を素直に喜ぶ程度でいいのかなと思う。

Jesus loves y’all.


Bob Dylan @ Beacon Theatre

[ ニューヨーク / 音楽 ]
Bob Dylan w/ Mavis Staples

夕べはマンハッタンのビーコン・シアターまで、ボブ・ディランのコンサートに行って来た。

ディランのコンサートはこれで3度目。

1度目は、(卒業せずに途中止めした)大学院時代。1997年4月に、キャンパス内の体育館でコンサートをやるという情報が、当時同じ大学で寮に住んでた弟から入ってきた。そんなに大きいとも思えない体育館で、中に入ると、両側に階段式の席があるだけで、椅子も設置されてなかった。「こんなとこでディランがやるんかいな。」と、本人を実際に見るまで疑い続けた。

その時のディランは、期待通りだった。当然バンドも連れてきてたが、中盤にはアコースティックギター一本で『Mr. Tambourine Man』、アンコールには自分の大好きな『Forever Young』や『Rainy Day Women #12 & 35』もやった。なにしろ椅子がなかったんで、終わりの方はディランの表情がはっきり見えるくらいステージに近づいて聴けた。

でも、『普通のディラン』を見るのは、あれが最初で最後だったのかもしれない。いや、ディランに『普通』を求めること自体、間違ってるのかもしれない。

2度目は、2009年11月のマンハッタンのユナイテッド・パレス・シアターで、前座は『The Wanderer』で有名なディオン。

あまりギターを弾かなくなったとは聞いてたが、その日のコンサートは、ディランがギターを弾いたのは確か1曲のみ。後は全てキーボードで、それも、ただでさえほとんどの曲をアレンジし直してるのに、あの声だとあまり聞き取れないんで、途中までどの曲かわからないのが多かった。個人的にはじっくり聴けて楽しかったし、大好きな『Like a Rolling Stone』もやってくれたんで、決して酷いコンサートってわけじゃなかったけど、やはり1度目の印象が強かったんで、あれからも何度かこの近辺でコンサートをするという情報は入ってきたが、「もうディランはええかな。」と思ったのが正直なところ。

ならば、なぜ今回再び興味を持ったのか。

上手く説明できないが、要するに直感だった。

あのステープル・シンガースのメイヴィス・ステイプルズが前座で出演するというのもあったが、それだけでは行く気にならなかったと思う。

そのうえ今回のツアーのレビューも散々。

昨日の昼過ぎギリギリまで迷ってたが、思い切って行くことにした。なぜか行かねばならない感じがした。とりあえず、売れ残ってた中では一番安い値段で二階の二列目という良さそうなのがあったんで、チケット購入。

会場に入ると、自分の席は、一番端っこだったが、ビーコンは基本的に二階か三階なら、どこに座っててもよく見えるというのは知ってたし、予想してたよりもステージに近くて、いい席だった。

メイヴィスは期待以上に盛り上げてくれた。実は元々あまり曲を知らなかったが、殆どがちゃんと歌詞を聞き取れた。観客とのやりとりも楽しかった。

そしてディラン登場。バンドはロックもブルースもカントリーも、そしてジャズっぽい雰囲気の演奏もこなせて凄かったが、本人は全くギターを弾かなかった。去年の映像などを見ると、決して弾けなくなったわけではなく、何等かの理由があるらしい。

多くの曲が、彼のオリジナルを例によってアレンジし直したもので、前回のようなキーボードじゃなく、ピアノを弾きながら歌っていた。当然その方がよかった。

合間に立ち上がって、マイクスタンドを握り、『Melancholy Mood』や『Once Upon a Time』などのフランク・シナトラやトニー・ベネットのカバー、そしてジャズの定番『Autumn Leaves』(枯葉)も歌ったりした。

アンコールの1曲目は、ディランの曲では世界で最も有名な『Blowin’ in the Wind』(風に吹かれて)だったが、それをやけに明るいカントリー風に仕上げてた。最後は『Ballad of a Thin Man』。

メイヴィスとは反対に、ディランはコンサート中一度も語らなかった。挨拶もなければ、曲の紹介も、バンドメンバーの紹介もなし。アンコールが終わると、バンドメンバー達と並んで、ちょっと両手を挙げた程度。もしかしたら、今回はあえてこういう路線にしたのかもしれない。

ディランの歴史を振り返ると、いい意味でも悪い意味でも、ファンの期待を何度も裏切ってきてるような気がする。そういう点では、マドンナや松田聖子、そしてアントニオ猪木にも共通している。って、比べたら怒られるか。(笑)

1960年代初期、アコースティックギター一本のフォーク歌手として人気が出たかと思えば、バンドを起用して、『Like a Rolling Stones』のような曲を出した時、多くのファンを怒らせたらしい。

1979年には、突如クリスチャンアルバムを発表し、コンサートでもイエス・キリストについて語るようになった。多くのファンは『反体制派』のディランが好きだったわけで、当然ブーイングが多かったとか。

かと思えば、クリスチャンアルバムも3枚で終わり。

今回のツアーのようなのも、期待して聴きに行った多くの人達を裏切ってるはず。事実、昔のディランしか知らない人達からは、ギターも全く弾かず、その上ジャズっぽい曲のカバーを歌う姿を見て「ギター弾けなくなったのか?」とか「そろそろネタ切れか?」、「引退した方がいいのでは?」などという意見もあるが、自分はそうは思わなかった。昔から彼の歌声には賛否両論あるが、彼が歌うジャズっぽいスタンダード曲も、ディランなりのセンスがあって、決して悪くないと思う。ポール・マッカートニーやローリング・ストーンズの様に昔のことを中心にやってりゃファンは十分喜ぶのに、年齢を重ねながらも今尚新しいことを試し続ける76歳のディランの姿を見て、「やっぱこの人、すげぇわ…。」と感じた。

そんなディラン、最近出たアルバムが凄そうだ。とはいえ新作ではなく、恒例のブートレグシリーズだが、1979年から1981年の間、クリスチャンとして活動していた期間からのアウトテイクやライブ版、未発表の曲が収録されている2枚組。また、CD8枚+DVD1枚のボックスセットも出ているらしい。

今の混乱した世の中、あえてこのタイミングでこんなのを出すのが興味深いが、『Trouble No More』のタイトルどおり、これを機に、ディランが歌うゴスペルから、一人でも多くの人達が何かを感じ取れたらと思う。

Jesus loves y’all.


思い出

[ プロレス ]

1984年2月のある日、自分はいつも以上に楽しみにしながら、テレビで全日本プロレス中継が始まるのを待っていた。見たかった選手の3年ぶりで3回目の来日だったからだ。

だが、放送のオープニングで、いきなり彼の遺影がアップで映し出された。シリーズの初日、ホテルで死体で見つかったらしい。

当時は、近所の駅の売店には東京スポーツ新聞はもちろん、大阪スポーツも福岡スポーツも売ってなく、テレビとプロレス専門誌でしか情報入手ができなかったので、亡くなったということを全く知らなかった。とはいえ、自分はまだ中学一年、エロネタの多いスポーツ新聞なんて買ってたら、どちらにしても親に叱られてたはずだが。

驚きのあまり、しばらく声が出なかった。翌週の放送だったかもしらんが、あのブルーザー・ブロディが涙を流しているのを見て、更にショックだった。

それから5年後、自分はテネシーの高校を卒業すると、早速、大学の夏の授業を取るためにテキサスに移った。寮が開くまで泊めてくれてた同じ大学の卒業生の友人にバーに連れて行かれ、彼の友達を何人も紹介してもらった。

入寮してからは、週末は大抵キャンパスの脇にあるピザ屋でその連中と飲んでいた。その中の一人は、スティーブという、色んな意味で変わった奴だった。

ある日、うちらの仲間にある女性が加わった。どうやらスティーブに彼女ができたらしい。

テキサスの夏の暑い夜。みんなピザ屋の中と外を、飲み物を持ったまま出たり入ったりしていた。

歩道に座ってビールを飲んでいる自分の横に、彼女が座ってきた。

「あんた、どこから来たの?」

「日本。」

「あたしの旦那、日本に行ったことあるよ。」

「ふ~ん。(んじゃスティーブはなんやねん…とはあえて突っ込まずに) 仕事か何か?」

「うん。プロレスラーだったの。」

「プロレス好きだから、知ってるかも。誰?」

「デビッド・フォン・エリック。」

絶句とはあの時のことを言うのだろう。次第に自分の目には涙が浮かんできていた。

何かを察したのか、彼女が慰めるかのような口調で言ってきた。

「本当にプロレス好きなんだね。馬場正平、知ってるでしょ? 彼のとこで試合してたの。」

「そんなん知っとるわい!」と言わんばかりに、彼女に、半泣きで、デビッドを見るのが待ち遠しくてテレビを見てた日のショックについて語った。当時の自分は渡米3年目で、英語もまだまだ。でも彼女はちゃんと聞いてくれた。

デビッドが亡くなってから5年しか経ってなかったし、その時はスティーブと付き合ってたから、それ以降はあえてプロレスの話題は出さなかった。

その後、二人は別れ、スティーブにも新しい彼女ができた。それからずっと彼女とは音信普通だった。

デビッドは、父親のフリッツ、兄のケビン、弟のケリー、マイク、クリスが皆プロレスラーだった。弟達は全員自殺、父親も亡くなったが、ケビンはしばらく現役を続けていた。

10年以上前だったか、ケビンのウェブサイトを見つけた時、思わず彼女についてメールで問い合わせてしまった。「実は我々も知らない。」という返事だった。

5年前、facebookのあるプロレス関係のページに、ちょっとした伝記っぽい文章と共にデビッドの写真を投稿していた人がいた。

その投稿に対するコメントの中に、彼女と同じファーストネームの人から、「デビッドのこと、覚えててくれてる人達がいて、嬉しい。」というのがあった。

20年以上音信不通だった友人と、再び連絡をとれたわけだが、彼女曰く、「普段はプロレス関係のとこにはコメント残さないけど、あれはいい文章だったから。」とのこと。自分もたまたまその投稿を見つけたわけで、もしも見てなかったら、彼女と再び連絡をとることはできなかったかもしれない。しばらくすると、今度はスティーブも亡くなったというニュースが入ってきた。

そして今日、彼女から小包が届いた。中に入ってたのは、エルトン・ジョンのベスト盤のカセットテープ。それもパッケージが日本語。

エルトン・ジョン

彼女からの手紙も入ってた。

「こないだ掃除してたら、デビッドのテープコレクションが見つかったの。このテープを見て、日本語だし、ピアノだし、すぐあんたのこと思い出してさ。どちらかというとビリー・ジョエルのファンだってのは知ってるし、今更テーププレーヤーも持ってないだろうけど、記念に持っておくのもいいでしょ。」

確かにエルトン・ジョンは大ファンってわけじゃないけど、こういう彼女の気持ちが嬉しかった。

今とは違う形で、『スポーツ』としてプロレスにのめり込んでたガキの頃や、無責任に遊びまくってた大学時代のことなど、色々思い出して、よくまぁこんな自分がここまでやってこれたなぁと、つくづく神様に感謝した。

Jesus loves y’all.


有名人

[ 音楽 ]

これって、人によるんだろうけど、自分の場合、歳をとるごとにに、いわゆる『ミーハー』というやつじゃなくなってきてる。

いや、「昔はミーハーだった」というより、元々田舎育ちなもんで、何もかもが物珍しかったからこそ、若い頃は自然にそうなってたような気がする。

今や日本の山奥に住んだ時間以上をニューヨーク郊外で過ごしてて、自分の持つコネなどを考えると、本気になって努力すれば、結構な数の有名人に会えるはず。色んな知人の話を聞いてると、アントニオ猪木ビリー・ジョエルも、そして某元米国大統領も、自分にとっては『知り合いの知り合い』らしい。

ということは、この世に存在する有名人や著名人の大半が『知り合いの知り合いの知り合い』っつうことか。あくまで『友人の友人の友人』ってわけじゃないんで、誤解されてもらっても困るけど。

その反面、というか、そのせいか、歳をとるごとに、そこまで有名人に会いたいという願望が、かなり薄れてきた。元々、権威や地位というのに対して冷めた見方をしているってのもあるのかもしらんが、昔以上にそういうことが気にならないのかもしれない。ほんの数年前なら、「死ぬまでに一度は会ってみたい」って有名人が数名いたけど、今では殆どが「別にええかな」みたいな感じ。

でも、今もまだ、一人だけ、マネージャーや取り巻きの方々には遠慮していだいて、ミーハー心全く抜きで、それも本人の仕事の話題も抜きで、「この人って、実際どんな人なんだろう」っつう感じで、サシでじっくり一緒に飲んでみたい人がいる。色んな話聞いてると、既に酒飲んじゃいけない体になってそうな気がしないでもないが。(笑)

場所はやっぱ、席数少ない、あの店のカウンターかな…。

Jesus loves y’all.