2012年4月9日

イースターの日に
[ 信仰 / 家族 ]

自分には決して安らかな寝顔という表現はできなかった。

今にも起きてきそうどころか、目こそ閉じてはいたが、いつものように、ちょっとニヤけた感じで、人を食ったような表情だった。

聖金曜日に天に召され、3日目のイースターの日に葬儀。

2年8ヶ月前の母の時には教会の礼拝堂では狭すぎて、立ってる人達もいた。今回もある程度の人数を予想したが、正直少なかった。高齢化の激しい過疎地なので、つながりのあった人達がどんどん減っていったのも確かだろう。

でも、あの時点で集うべき人達が神様によって集められたような気もした。

仏教の影響が強い日本では、葬式の時に笑顔を見せるのを不謹慎だとされる。今回も集まった人達の殆どは普段教会に足を踏み入れることがない。だからこそ、親族代表の際、冗談を交えながら、あえて笑顔で喋った。もちろん、なぜそれが許されることなのかも説明した。70年の人生と、その人生を卒業し神の御元に行くことを祝うようにもお願いした。

あれから(日本時間で)2日経ったが、何故か、母の時のような、泣きのツボに全く嵌まってない。唯一、声が出るほど泣いてしまったのは、危篤だと聞いて、帰国の準備をする前、息子を抱き上げた瞬間だった。

決して悲しくないわけじゃない。

急に召された母と違い、心の準備をする時間を充分与えてくれてたというのも理由の一つかもしれない。

でもやはり、自分がいつかこの世を去る時、再会できるという確信が強くなったというのが大きいんだと思う。

これまでも何度も書いてきた、父が自分に対して与えた影響。日を改めてまたゆっくり書くことにしよう。

あの場に集められた人達の中で、たった一人でもいいから、両親や自分が持ち続けてきた信仰について興味を持つよう祈りつつ。


2012年3月31日

『物』への感謝
[ 信仰 / 音楽 ]

今、うちの教会の礼拝堂にあるピアノは、2008年に新品で買ったヤマハのベイビーグランド。その隣の、みんなでメシ喰ったりお茶したりする部屋には、それまで10年間礼拝堂で使われてた古いピアノが。

最近ある人が帰国するとかで、ベイビーグランドを安く教会に譲ってくれた。礼拝で奏楽やってる子と二人で品定めに行ったところ、何をどう考えても、その古ピアノよりも良かったので『買い』だと思えた。

んで、今日業者が配達し、前からあった古ピアノを引き取ったらしい。自分は家族で昨日から一泊留守にしてたので、その場にはいなかったが。

というわけで、昨日出発前に教会に立ち寄って、その古ピアノに別れを告げた。

通常、クリスチャンの場合だと、『物』に対して感情移入することを好ましく思わないことが多い。

アメリカのクリスチャンで多いのは、創世記に書かれている「神が創ったこの世のものを人間が管理する」ということに重点を置き過ぎて、物だけではなく植物や動物の命まで平気で粗末に扱うってやつ。神様からいただいてるものを大事にしようとする気配さえ感じられないこともある。

それとは別に、日本人の場合は、全ての物に霊が宿っているという神道の考え方があるせいか、日本人のクリスチャンもその辺に妙に敏感になってることが多く、すぐ偶像崇拝にこじつけてしまう。

でも昨日はそんなこと、どうでもよかった。

教会に入り、息子を抱いたまま、ピアノの前に座った。

うちの教会に運ばれてきた時点で既にペダル脚注が落ちかけてて、外からコンクリートの破片や石を持ってきて支えにして使った。

いくら調律してもすぐまた狂ってしまう。

鍵盤も、どんどん剥がれていった。

それでも自分のニューヨークでの教会生活の大部分を占めてた存在だ。ボロボロになって、翌日処分されようとしているその姿を見てると、愛おしくなってきた。

本来ならば、その上から大好きなブルックリン・ラガーでもぶっかけて『供養』でもしたかったが、さすがに教会のピアノにビールというわけにはいかない。

思わず、二日後で一歳になろうとしている、まだ言葉もろくに解ってなさそうな息子に向かって、

「父ちゃんな、こいつにすげぇ世話んなったんよ。」

とつぶやきながら最後にちょっとだけ弾いてみる自分がいた。

神様がこの教会に与えてくれて、長い間礼拝にも使われ、個人的にも信仰生活に大きな役割を果たしてくれた存在に対して、素直に「ありがとう」って言えた。


2012年3月23日

韓亜龍オープン!
[ ニューヨーク / 飲み喰い ]

昨年まで、我が家最寄の食料品スーパーは、『Pathmark』(パスマーク)という、あまり高級感を漂わせない、いわゆる(アメリカの基準で)庶民的な店だった。大体、どちらかというと、白人じゃない客の方が目立つチェーン店だ。その分、時々、高級スーパーではお目にかからない食材(内臓系とか)も手に入ってた。

親会社の破産か何かで、このPathmarkも4月で閉店してしまった。そこからちょっと先に、これまた我が家から歩ける程度の距離に、Morton Williams (モートン・ウィリアムス)という、どちらかというと、少なくともPathmarkに比べたら高級な店があるんだが、殆ど行ったことがなかったんで、Pathmarkがなくなるというニュースを聞いた時は、ちょっと残念だった。

だが。しかし、だ。

夏になると、うちの町の役所のウェブサイトに、Pathmarkの跡にあの韓国系大スーパー『H Mart』こと『韓亜龍』(ハナルム/ハナルン)が、それも年内にできると書いてあるじゃねぇか。ただのアジア系スーパーではなく、普通のアメリカのスーパーに更にアジア系の食材も種類豊富に置いてあるといった感じの店で、そのうえベーカリーやフードコートもある。これでわざわざクイーンズやニュージャージーまで行かなくてすむ。喜ばないはずがない。

もちろん、この国ではこういうのって予定通りに進むわけがなく、年内どころか、第二(?)の開店予定日2月25日にも間に合わず。

韓亜龍 Hartsdale

そして、今日3月23日、ついにグランドオープン。

本来なら歩いて行ける距離だが、息子をベビーシッターのとこに送ってったついでに車で寄ろうとしてみたら、店の前には全く駐車できる場所が見つからん。やっと見つけたと思ったら、店と我が家のほぼ中間地点。歩いた方がよかった。

入ったら、さすがに混雑してた。もちろんアジア系以外の人達も多かったが、こんなに大勢の韓国系の人達を、うちの近所で見たことがない。駐車場にはハングルで書かれてる、ブロンクスからだと思われる教会のバンとかもあったんで、川を越えずに済むくらいの周辺の色んな所から来てるんだろう。

ゆっくり値段とかを見ていく余裕は無かったが、品揃えの面ではちょっと前にオープンしたニュージャージー州フォートリーにある店より、ほんのちょっとだけ劣るかも…といった程度。ちゃんとベーカリーもあるし、フードコートも日韓中の三つの店が並んでいる。もちろん焼肉や餃子、インスタントラーメンなどの試食コーナーも他の店同様しっかりある。

まぁ、これだけ客が多いのも最初の方だけかもしらんが、自分としては充分満足。今後品揃えと店の雰囲気だけ変わらないのを願う。


2012年3月20日

プリンタをオーブンで修理
[ IT ]

最近時々調子悪かった教会のMFP(マルチファンクション・プリンター = プリンター・スキャナー・コピー機)が、昨日とうとう全く動作しなくなったという電話が入った。

遅くても日曜の礼拝には間に合わせなければならないのと、他にも平日コピーや印刷する必要がある人達がいるので、早速昨日教会へ。

Googleで検索すると、なんとあるサイトに、とんでもない解決法が載っていた。

プリンターには、フォーマッターという、メインコントローラーの役割をする基盤があるが、なんと、それをオーブンの中で熱するという。

冗談かと思い検索を続けても、やたらとその解決法が出てくる。中には実際にビデオをYouTubeに載せてる人もいた。どうやら、冷却関係で誤動作が生じる場合があるらしい。

「水曜の朝には新しいのを買ってくる。」と約束した自分ではあったが、もしこれで直ったら買わずに済むわけで、我が家に持って帰って、今晩早速試してみた。

まず、オーブンを華氏375度でプリヒート。フォーマッターを入れ、5分焼いた。

HP LaserJet M1522nf formatter

その後、冷ますため外に放置し、夕飯後、部品を再度入れ直し、スイッチを入れてみた。

なんと、ホンマに動作しとるじゃねぇの。

これで新しいの買いに行かなくて済むかも。

とりあえず、明日の朝、教会に持ってって、他の人達に使ってもらおう。


翌日教会に持ってきたが、11時現在動作中。


2012年3月11日

あれから一年
[ 未分類 ]

去年の今頃は日本で何が起こってるのか知らずに、マンハッタンの居酒屋で飲みまくってた。

店を出る頃、大将に「日本で地震があったらしいですよ。」って言われたけど、「いつものことでしょ…。」って返したような記憶がある…。思い出すだけで気が重くなる。

翌朝、ニュースを見て二日酔いどころじゃなかったのは言うまでもない。

あれから一年。

個人的には色々あったんで早い一年だったが、被災者の方々にとっちゃ、メチャクチャ長い一年だったんじゃないかと想像する。

と同時に、『上』の連中についても色々考えてしまう。

民主党を責めるのは簡単だろう。

でも元々自民党がやってきたことの尻拭いをさせられているというのを忘れてる人が多いような気がする。

そして民主がネタ切れ、再びみんな自民を選び、結局色んなことが元に戻るんかね。

政治に疎いこのわしも、それくらいは判るんじゃがなぁ…。

それとは別に、がんばってる人達が被災地には大勢いる。

引き続き地球の裏側から祈りながら応援したい。

思わず心の中で日の丸を振ってる自分がいたりする。