テキサスの黄色い薔薇

1984年2月のある日、自分はいつも以上に楽しみにしながら、テレビで全日本プロレス中継が始まるのを待っていた。見たかった選手の3年ぶりで3回目の来日だったからだ。

だが、放送のオープニングで、いきなり彼の遺影がアップで映し出された。シリーズの初日、ホテルで死体で見つかったらしい。

当時は、近所の駅の売店には東京スポーツ新聞はもちろん、大阪スポーツも福岡スポーツも売ってなく、テレビとプロレス専門誌でしか情報入手ができなかったので、亡くなったということを全く知らなかった。とはいえ、自分はまだ中学一年、エロネタの多いスポーツ新聞なんて買ってたら、どちらにしても親に叱られてたはずだが。

驚きのあまり、しばらく声が出なかった。翌週の放送だったかもしらんが、あのブルーザー・ブロディが涙を流しているのを見て、更にショックだった。

それから5年後、自分はテネシーの高校を卒業すると、早速、大学の夏の授業を取るためにテキサスに移った。寮が開くまで泊めてくれてた同じ大学の卒業生の友人にバーに連れて行かれ、彼の友達を何人も紹介してもらった。

入寮してからは、週末は大抵キャンパスの脇にあるピザ屋でその連中と飲んでいた。その中の一人は、スティーブという、色んな意味で変わった奴だった。

ある日、うちらの仲間にある女性が加わった。どうやらスティーブに彼女ができたらしい。

テキサスの夏の暑い夜。みんなピザ屋の中と外を、飲み物を持ったまま出たり入ったりしていた。

歩道に座ってビールを飲んでいる自分の横に、彼女が座ってきた。

「あんた、どこから来たの?」

「日本。」

「あたしの旦那、日本に行ったことあるよ。」

「ふ~ん。(んじゃスティーブはなんやねん…とはあえて突っ込まずに) 仕事か何か?」

「うん。プロレスラーだったの。」

「プロレス好きだから、知ってるかも。誰?」

「デビッド・フォン・エリック。」

絶句とはあの時のことを言うのだろう。次第に自分の目には涙が浮かんできていた。

何かを察したのか、彼女が慰めるかのような口調で言ってきた。

「本当にプロレス好きなんだね。馬場正平、知ってるでしょ? 彼のとこで試合してたの。」

「そんなん知っとるわい!」と言わんばかりに、彼女に、半泣きで、デビッドを見るのが待ち遠しくてテレビを見てた日のショックについて語った。当時の自分は渡米3年目で、英語もまだまだ。でも彼女はちゃんと聞いてくれた。

テキサスに来て、まだプロレス観戦に行き始めるどころか、テレビで地元の試合の中継さえも見つける前の出来事だった。

デビッドが亡くなってから5年しか経ってなかったし、その時はスティーブと付き合ってたから、それ以降はあえてプロレスの話題は出さなかった。

その後、2人は別れ、スティーブにも新しい彼女ができた。それからずっと彼女とは音信普通だった。

デビッドは、父親のフリッツ、兄のケビン、弟のケリー、マイク、クリスが皆プロレスラーだった。弟達は全員自殺、父親も亡くなったが、ケビンはしばらく現役を続けていた。

10年以上前だったか、ケビンのウェブサイトを見つけた時、思わず彼女についてメールで問い合わせてしまった。「実は我々も知らない。」という返事だった。

5年前、facebookのあるプロレス関係のページに、ちょっとした伝記っぽい文章と共にデビッドの写真を投稿していた人がいた。

その投稿に対するコメントの中に、彼女と同じファーストネームの人から、「デビッドのこと、覚えててくれてる人達がいて嬉しい。」というのがあった。

20年以上音信不通だった友人と、再び連絡をとれたわけだが、彼女曰く、「普段はプロレス関係のとこにはコメント残さないけど、あれはいい文章だったから。」とのこと。自分もたまたまその投稿を見つけたわけで、もしも見てなかったら、彼女と再び連絡をとることはできなかったかもしれない。しばらくすると、今度はスティーブも亡くなったというニュースが入ってきた。

そして今日、彼女から小包が届いた。中に入ってたのは、エルトン・ジョンのベスト盤のカセットテープ。それもパッケージが日本語。

エルトン・ジョン

彼女からの手紙も入ってた。

「こないだ掃除してたら、デビッドのテープコレクションが見つかったの。このテープを見て、日本語だし、ピアノだし、すぐあんたのこと思い出してさ。どちらかというとビリー・ジョエルのファンだってのは知ってるし、今更テーププレーヤーも持ってないだろうけど、記念に持っておくのもいいでしょ。」

確かにエルトン・ジョンは大ファンってわけじゃないけど、こういう彼女の気持ちが嬉しかった。

今とは違う形で、『スポーツ』としてプロレスにのめり込んでたガキの頃や、無責任に遊びまくってた大学時代のことなど、色々思い出して、よくまぁこんな自分がここまでやってこれたなぁと、つくづく神様に感謝した。

Jesus loves y’all.

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