日本のプロレス界というのは、長年、音楽や映画、他のスポーツとは別に、独自で海外の情報を入手してきたのか、欧米の人物の名前のカタカナ表記が、一般のものとは違うことが多い。
ローリングストーンズのドラマーはチャーリー・ワッツ (Charlie Watts)だが、プロレスラーはビル・ワット (Bill Watts)。
モデルはシルヴィアン・カルパンティエ (Sylviane Carpentier)だが、同じフランス人でもプロレスラーはエドワード・カーペンティア (Édouard Carpentier)。英語読みにしちゃったんだろうな。
野球選手はタフィ・ローズ (Tuffy Rhodes)だが、プロレスラーはダスティ・ローデス (Dusty Rhodes)。こっちはローマ字読みに近く、英語での発音からはかけ離れてるが、昭和プロレスファンには定着し過ぎてるんで、ダスティとそのこども達ならば、自分も『ローデス』の方がしっくりくる。
歌手はロバート・グーレ (Robert Goulet)だが、プロレスラーはレネ・グレイ (Rene Goulet)。国際プロレスや初期の新日本プロレスでは『レーン・ゴルト』。いくら何でもそりゃねえだろ。(笑)
ハーリー・レイスを英語で書くと『Harley Race』。
世界的に有名なオートバイブランドであるハーレーダビッドソン (Harley-Davidson)の『Harley』と、競争を意味する『race』(レース)をつなげた、まるでリングネームかと思わせるような名前だが、実は本名だというところからしてかっこいい。
だが、『ハーレー・レース』だと、なんとなく間抜けな気もするし、それこそ安っぽいリングネームになりかねない。そんなに発音が違うわけでもないし、やっぱ『ハーリー・レイス』でよかったと思う。
自分がプロレスを見始めた時、そのハーリー・レイスが世界ヘビー級王者だった。小学生だった自分は、プロレスを純粋な格闘技だと思ってたし、レイスの上手さもタフさも当初は理解できず、あの髪と髭を見るとチャウチャウ犬を思い出し、特にかっこいいとも思わなかった。まだ幼かったんで無理もないんだが。
でも次第に、試合を見てると、何かしら安定したものを感じるようになってきた。
日本ではどちらかというと『ズルさ』の方を売り物していた印象の強いAWA世界王者のニック・ボックウィンケルに比べ、NWA世界王者レイスには『不動』のようなものさえ感じられた。もちろんニックもレイスと同等に凄い選手だったが、小学生だった自分には当時そう感じられた。
また、NWA世界王者として、あらゆる加盟地区で王座を防衛した最後の選手もレイスだった。1度目の栄冠は短期間だったが、2度目からは正にレイス時代で、それに続いたダスティ・ローデスは3度とも全て短期間だったし、レイスの時代が終わりかけ、リック・フレアーの時代に突入した頃は、既にいくつかのNWA加盟地区が閉鎖し始めているころで、そのうえ間もなく今尚フレアーの自宅があるノースカロライナを拠点としたプロモーターのジム・クロケット・ジュニアが、フレアーの世界王者としての活動も独占するようになり、かつて多数の団体の『共有』の選手権だったものが、1つの『団体』の選手権になってしまった。また、フレアーはレイスと違い、NWAの中でも重要な加盟団体だったメキシコのEMLLでの防衛戦をしていない。
アメリカでは『Handsome (ハンサム) Harley Race』と呼ばれ、日本でも『美獣』の異名があった。他の選手達がレイスを怒らせるのは避けていたくらい恐れられ、同時に尊敬もされていた。自分もレイスの悪口は殆ど聞いたことがない。そういった理由からか、日本のプロレス誌では『レイス親分』と呼ばれることもあった。
1980年代に業界で流行ったステロイドにより増強された筋肉とか、多くのアメリカ人レスラーが持ってた大げさな表情やジェスチャーも、レイスには必要なかった。その佇まいだけで十分だった。
今の多くのレスラー達には見ることができなくなった風格や恐さというのが、レイスからは感じることができた。
ギミック不要な強さが自然に滲み出る、正にプロレスラーとしての『美しさ』を持っていたと思う。
RIP…




