別にグルメ気取りするわけではないが、夫婦共働きで毎晩料理してられないってのと、子供がいないのをいいことに、これまでかなり色んな店で食事してきた。英語が通じない大衆食堂っぽいメキシカンの店もあれば、金持ちそうな白人しか来ない様な高い店とか、色々試してきた。二人で出かける時なんて滅多にファーストフードでは済ませない。
そんな中で思うのが、結局食べ物の批評なんて、どうせ書いてる本人の主観に過ぎず、あまり役に立たないってこと。誰かがおいしいと言っても、自分はその人と同じ体を持ってるわけじゃないので、おいしいと思わないかもしれない。反対に、まずいと言われても自分にとってはおいしかったりする。人それぞれなんで、そんな感覚に対して優れてるも屁もない。音楽や芸術の鑑賞も同じだと思うが…。
ってなわけで、日本人にとって、味噌汁とラーメンほど他人の批評が意味を持たない料理はないんじゃないだろうか。いくらマスコミで取り上げられる様なラーメン屋に入っても、おいしくなかったという話をよく聞くし、結構その辺にある古ぼけてあまり人が入ってない店のラーメンがおいしかったりするのも事実。それだけ個人個人の人生に深い関係を持ってて、それぞれの好みがはっきりしてるってことなんだと思う。ラーメン評論家みたいなのが日本に結構いるらしいが、自分からすると全く意味ない。色んな人が掲示板とかで、「ここがおいしいよ。」「いや、こっちの方がおいしい。」「お前、あの店の回し者だろ。」とかいうやり取りをしてるのを読むと、アホくさくなってくる。っつうか、日本って『評論家』とかいうのが多すぎるね。テレビや雑誌で色々喋るのは勝手だが、他人の意見なのに『この筋では専門の方ですので…』とか言われて踊らされてる連中ってのは日本にはいつも多いんだろうし…。
んで、そのラーメンだが、残念なことにアメリカにいるとおいしいラーメン屋を見つけるのは結構難しいのも事実(もちろんこれも個人的な意見だが)。それは日本でラーメン用の麺に使われてる『かんすい』が、体に悪いとかいう理由で、なかなか手に入らないかららしい。これじゃぁ日本と同様のラーメンなんて見つかるわけがない。化学調味料や添加物を入れずにおいしく作るのも『芸術』なのかもしらんが、うちらみたいな庶民にとっちゃぁ、少々体に悪いものを入れてくれないと、なんか物足りん。
というわけで、結局うちらは麺の茹で具合やスープの味を求めることになる。そう思うと、ニューヨークにも結構おいしい店は多いのかもしれない。
今日はニュージャージーにある、日本を本拠とするチェーン店に行ってきた。ここに来るのは3回目で、昼飯時を過ぎてたせいか、過去二回ほど混んではなかった。日本の店でどういう麺を使ってるのかわからんが、ちょっと粉っぽ過ぎるんじゃねぇか、ってのが率直な感想。でも、列に並ぶほどじゃないかもしらんが、スープの味は結構好きかも。
いちばんよく行く店は、やっぱスカースデールにある『たんと』かな。ウェストチェスターで(メンマがないのが残念とはいえ)唯一まともなラーメンを出す店だと思うし、距離が近いっつうのもあるが、まぁ店長が悪友なんで、行く度に毎回違う実験的なラーメンを出してくるんで飽きないってのもある。でも正直言って、あそこで今までで一番美味いと思ったラーメンは、「今日は(日本でやってそうな)『普通の』ラーメンを作ってみた。」とか言って出してくれたやつかな。通常出してる『たんとのラーメン』も十分好きだが、「やればできるんじゃん!」みたいな。(笑)
Jesus loves y’all.





うーん。ラーメンは奥が深いね。「美味しんぼ」でもラーメンだけは例外的にMSGを使っていたし・・・
最近感じるのはやはり気合と遊び心かな。
又来てね。
アメリカでラーメンなら
ベトナム料理にあるラーメン食べて
みると結構いけますよ。
Eggとライスヌードルのチョイスが
あってポーク、ダッグ、えび、などのチョイスがありダッグを良く好んで食べていました。
それと行き着くところ、やっぱり自分の好みで好きなときに作るラーメンが自分は一番好きかな。。(笑)。