『耶蘇道』

先日、うちの教会の礼拝(2/25)で、『耶蘇道』(やそどう)という題で話させていただいた。実際には、幅広いことを含める言葉だと思うんで、別に今回その題を使う必要も無かったわけだが、クリスチャンとしての生き方ってのが今回の話のテーマだったし、そのうちどこかの機会で使っておきたかったというのが正直なところ。

何年か前に思いついて以来、あくまで自分の好みで、自分の中だけで使ってきた言葉。当時、他に誰かこの言葉を使っているかどうか、インターネットで検索しても見つからなかったが、おそらく昔もこういう表現を使った人達がいたとしても全く不思議ではないくらい、誰かが思いつきそうな言葉でもある。

『耶蘇』というのは、日本ではキリスト教に対する差別的な表現で使われることが多いが、元々は、中国語でのイエス。YeSuと発音し、どちらかというと音から構成された当て字による言葉らしい。

耶(や・か): 『邪』が変化した字だという説もあるが、本来は、中国でも日本でも疑問をあらわす助詞としての意味しか持っていないらしい。

蘇(そ): 一度死んだものが生きかえる。よみがえる。

キリスト教が中国語で『耶蘇教』と書かれるようになってから、耶という字が『父』という意味を持つようにもなったらしい。ちなみに、ハレルヤ(hallelujah / hallalu-yah)の『ヤ』は、神の名とされるヤハウェ(Yahweh / Jahˈweh)の『ヤ』(jah)だが、中国語でヤハウェは(少なくとも現代では)『耶和華』と書くのに対し、ハレルヤは『哈利路亞』。どうせなら最後の『亞』も『耶』にすりゃいいのにとか思うけど。

何故、この『耶蘇道』という言葉が好きなのか、2つ理由がある。

  1. 日本人は、必要以上にカタカナを使いたがる傾向にある。確かに、言語というのは生き物と同じように、時代が進むにつれて変化していくものだが、『率先』や『主導』ではなく『イニシアチブ』などと言ってみたり、『状況』や『事態』ではなく『シチュエーション』などと言うのを聞くと、疑問を持たずにはいられない。『テレビ』や『ラジオ』のように、外国から来たものならカタカナでもいいと思うが、多くの場合、物理的な形を持たず、もともと日本語で存在したことを、わざわざ長ったらしくカタカナで表現する必要性を感じない。16歳で渡米し、日本語も英語も中途半端な自分が言える立場ではないが、できる限り、不必要なカタカナ言葉を使わず、自分の乏しい単語力の範囲内で、なるべく日本語を使いたいと思ってるし、実際このブログの中でも拙文ながらそう心がけている。気が向いた方は、この曲のオチまで聴いてみてほしい。
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  2. 『宗教』における『教理』という意味では、この『教』という字は、単に教育や知識を積み上げていく『教え』ということ以上に、それに基づいた『生き方』という意味も含まれている。ならば、多くの日本人にとっては『教』よりも『道』という方が受け入れやすいでのはないかと感じることが多い。剣道、柔道、空手道、合気道、居合道などの格技もそうだが、茶道、華道、書道などにも『道』という字が使われる。あくまで自分にとっては、『教』よりも『道』の方が、『生き方』を表現しているような感じが強い。

『宗教』という言葉の定義は、学者の数と同じくらい存在するというが、律法・戒律や教えなどによってレールを敷かれた『教』だという理解もできるかもしれない。

それとは別に、『信仰』というのは、レールのような明確な形はないけど、何かを信じて歩んで行く『道』なのかもしれない。

もしそうだとしたら、『宗教』と『信仰』は、実は正反対のものなのかもしれない。

自分は別に、金と時間を費やして専門的な学校に行って聖書や宗教を学んだわけでもないし、これまで多くの人達に勧められながらも未だにそうしたいという願望がないが、現在無牧の教会で礼拝の中で話す機会が増えた人間としては、やはり色々考えさせられてしまう。

自分の中での『耶蘇道』は、もっと奥深いものではあるが、今後は『耶蘇道』シリーズと題して、時々こっちのブログで、基督信仰と日本文化が交わるような話題を載せていこうかと思う。

本当なら、こういうことを始める前に、新渡戸稲造の『武士道』を読みかけのまま放置せずちゃんと読み終えて、内村鑑三の著書なども勉強しておくべきなんだろうが、とにかく読書が苦手な自分は本を一冊読むのに相当時間がかかるもんで、少しずつ読み続けながらも、当面は建物や芸術などの話題を中心に載せていくことになると思う。中には外側だけの安っぽいネタも出てくるかもしれないし、自分の中での『耶蘇道』に必ずしも当てはまるものばかりだとは限らないが、色々なことを挙げていくことによって、日本人伝道についてほんの少しのヒントだけでも見いだせることができたらと思う。

Jesus loves y’all.

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