2012年1月23日

41歳
[ 未分類 ]

子守りをしてちゃ何もできないとばかりに、普段より早く昼メシ前に息子を預けに行き、午後には教会に行って現在誰も住んでいない牧師館で、ヒーターのラジエーターからの水漏れのため業者と会い、夕方には行きつけのバーで一杯やりながらも、それもまた早めに切り上げ、嫁さんが会社から帰るのを待ち、家族三人で外食。

そんな41歳の誕生日、いつもよりバタバタとした感じがする。

我々の世代なら、この曲のサビを思わず口ずさんでしまう人も少なくないはず。

だからといって、別に、11月に帰国した際、姪にオッサン風腹巻を買って来てもらったのとは関係なかったりする。

腹巻

それにしても、やっと、実際の年齢が外見に追い付いてきたんかのぉ~。

神様、父ちゃん、母ちゃん、ありがとう。

Jesus loves y’all.


2012年1月15日

わしだけかのぉ…。
[ わしだけかのぉ…。 ]

TUBEのボーカル、

前田亘輝

前田亘輝を見る度に、

長州 力

長州 力を思い出すのは?


2012年1月1日

Happy New Year!
[ 未分類 ]

クリスマスの翌日、嫁さんと息子が義父母のとこへ行ったが、結局大晦日には、毎年恒例となりつつある、教会の連中集めて我家でカウントダウンパーティ。鍋もこれまた恒例。もちろんビールもワインも日本酒も。

それも、今回は期間限定でTVジャパンを注文し、みんなで紅白も見た。

ただ、紅白の放送が、西海岸に合せてたみたいで、こっちで番組が終わったのが1:30頃。今回は元旦が日曜のため、なるべく早く帰るってことで、即解散。

んで今朝はちゃんと(?)礼拝に行き、教会で昼食会、その後空港まで嫁さんと息子を迎えに行き、多分明後日まで泊まってるだろうと思われる友人と一緒に我が家でメシ。

なんだかんだ言って、ここ数年の正月とあまり変わらないような気がするが…。

今年もよろしく。

Jesus loves y’all.


2011年12月21日

上田馬之助 (1940 – 2011)
[ プロレス ]

自分がプロレスを見始めたのは、新日本プロレスでアントニオ猪木が一連の異種格闘技戦に一段落付け、スタン・ハンセンやタイガー・ジェット・シンといった外人レスラー達と抗争してたころ。タイガーマスクもまだ出てきてなかった。

そんな中、髪を金髪に染め、シンと共に悪の限りをつくしていたのが上田馬之助。シンがサーベルを持ち、上田は竹刀を振り回していた。

1981年、シンが全日本プロレスに移籍すると、上田も間もなく全日へ。正直、あまり上田のよさは出てなかったような気がする。

その後再び新日本プロレスに戻るわけだが、自分の印象に残ってるのは、長州力がジャパンプロレスを結成し新日本を脱退し、前田日明ら数名も新日を去り新団体UWFに参戦した後、レスラー層が薄くなった頃に猪木が藤波辰巳とシングル戦を行った時。試合後、悪役だったはずの上田が両者の腕を上げて称えた。

そして新日側の一員として、前田日明や藤原喜明ら旧UWF出戻り組と抗争していた頃は、ベテランっぽいいい味を出していた。

1996年に交通事故で体が麻痺して以来、車椅子生活を続けていたが、今日71歳で亡くなった。

親は牧師だったらしく、その影響があったのか、現役中は、悪役であるにも関わらず、老人ホームなどを訪問し寄付をし続けていたという。もちろん、それが当時のマスコミで報道されることは殆どなく、上田自信悪役レスラーとしてそれを望んでなかったという。

アメリカでは、マサ斉藤など悪役として大活躍した選手達はいたが、日本国内では、上田こそが最高の日本人悪役レスラーだったと思う。

RIP.


2011年12月17日

藤波辰巳
[ ニューヨーク / プロレス ]

リングネームは『藤波辰爾』なんだが、なんとなく本名にしたかった。

友人の紹介で、今晩マンハッタンの居酒屋『六明社』で一緒に飲んできた。

最初は予想通り、ご夫人はしっかり喋ってて、ご本人はというとかなり物静かで、話しかけるのも失礼なのかと思わせるくらい。でも、飲むのが進むにつれて、徐々に、話し始めてくれた。

正直、プライベートな時間なんで、あまりプロレス関連の話題をこっちから突っ込みまくるのもよくないかなと変に遠慮してしまった。

とはいえ、バーカウンターのスクリーンに流れてた昔の試合のビデオには、食らいつくかのようにしっかり見てた。さすがに本人も持ってないような古い試合も流れてて、関心していた。

話題の内容としては、ここには書くべきではないと思われる業界関係のことなど幾つかあったが、結構色々語ってくれた。

現在のプロレス界に持つ不満な点はとりあえず一致してるのは確かかな。

話からして、今後もプライベートでニューヨークに来ることが多いと思われるので、時々会えたらええな…と思わされた、気さくな夫婦だった。