日本人女子選手へのヤジ

[ プロレス ]

こんな題名なんで、オリンピックのことかと思ったかもしらんが、ほとんど見てないんで、よくわからん。今回もプロレスネタなわけだが、これはプロレスに限らない話題かと思う。

夕べ、フロリダのプロレスファンを名乗る人によるツイッターへの書き込みがネット上で話題になった。

世界最大のプロレス団体WWEの二軍的役割のNXTのフロリダ州セントピーターズバーグ大会で、日本人女子選手カイリ・セイン(宝城カイリ)に対して、『パール・ハーバー!』や『ハッピー・エンディング!』といった、人種差別的な野次を飛ばす連中がいたとのこと。「こんな奴のチケットは没収、今後の試合に関してはクレジットカードも利用停止されるべきだ。」という意見だ。

『ハッピー・エンディング』というのは、マッサージ屋で、追加料金を払えば最後に性的行為をしてくれるという意味。勿論、色んな国籍・人種の店でこういう違法行為が行われているらしいが、アジア系の店で行われるのが有名で、摘発数も多いということから、こういった野次が出たんだと思われる。

2008年12月、ROH(リング・オブ・オーナー)のマンハッタン大会に、当時同団体の常連だったプロレスリング・ノアの森嶋猛と丸藤正道に加え、佐々木健介と中嶋勝彦が出場したことがあった。健介オフィスの2人がジェイとマークのブリスコ兄弟と対戦中、うちらのすぐ後ろの数人が、『スシ!』、『テンプラ!』、『ジャッキー・チェン!』などという、「いつの時代の連中や?」と思わせるような野次を飛ばしていた。

声が大きすぎるし、くどいので、わざとらしく後ろを振り向いてその中の1人と目を合わせたら、しばらくすると、小さい声で、「俺たちには言論の自由があるんだけどな…。」とか呟いていた。後でナイジェル・マッギネスが出てきた時も、『リプトン!』、『ビートルズ!』と野次ってて、更に低レベルだということを証明してくれてたが、メインでブライアン・ダニエルソンと対戦した森嶋に対しては何故か、まるで自国の人間かのような声援を送っていた。(笑)

21世紀になっても、こういうステレオタイプや人種差別的な野次というのはよくあることだし、更にトランプ政権になってからは、大統領を見習ってるのか、人種差別をする権限があるかのように振舞う連中も増えているわけで、そのうえ今回はほんの少数による野次だということもあり、本当は大騒ぎするほどのことではない。

ただ、その書き込みに対するカイリの返信は紹介しておきたいと思った。

実はこれまでそれ程気になってはいなかったが、そろそろ応援してみようかと、ほんの少しだけ思えてきた。


教会ラジオ?

[ 信仰 ]

これまで何度も書いたとおり、去年の7月以来、うちの教会は単立無牧放浪教会。教団に属さず牧師もいないし長期的に借りてる建物もない。人数も少なく、雰囲気もカジュアル過ぎるんで、礼拝っつうても、傍から見ればバイブルスタディに毛が生えたようなものに違いない。場所も保育所の小部屋だったり信徒の自宅だったりなんで、当然のことながら、以前のように思い切って音楽も演奏できないし、別室でのチャイルドケアってのもなし。毎週の礼拝とバイブルスタディ、祈祷会以外のことを定期的にやる余裕もなし。

かつて持っていたものの殆どがなくなって、最低限の礼拝に近い状況かも。

でも、だからこそ、「教会とは?」とか、「礼拝とは?」とか、「(『なぜ』あるいは『本当に』)牧師は必要なのか?」とか、色々なことを改めて考えなおすことができた半年だったと思う。いや、まだ当分答えは出ないかな。

そんな調子なんで、どう教会を宣伝すればいいのかわからない部分もあるし、それ以前にウェブサイトやfacebookページからの問い合わせさえも殆どない。(笑)

牧師がいないもんで、毎月一回だけ近辺の他教会から先生をお招きしてお話していただいてるんだが、それ以外は教会員が持ち回りでメッセージや証をしたり、そうじゃない日は誰かが事前に聖書箇所やトピックを選んで色々話し合ったりしている。

過去7年半以上、礼拝でのメッセージを録音してウェブサイトに載せてきた。今でも相変わらずそれを続けていて、メッセージがなくて出席者達での話し合いの日も録音して、毎週アップロードしてる。

そこで、最近気づいたことがあった。

メッセージの方はともかく、話し合いを録音したのを改めて客観的に聴いてみると、なんだか、ラジオ番組みたいなんよな。基本、自分を含む3人が中心にベラベラ喋って、時々他の人達にふるという感じ。たまに話が脱線しまくったりするけど、それはそれで、全然違う方向からの見方に気付くことがあるし。

「礼拝はこうあるべきだ」とか「どうせあいつらが喋ってんだろ?」とかいう偏見や固定観念を一旦捨てることができたら、もしかすると、こういうのが好きという人達も中には少しぐらいいるんじゃないかと。

そういうわけで、興味ある人は、こちらのページへ行って、去年から時々入れてる『信徒礼拝』とか『証・分ち合い』ってのを聴いてみてくれたらと思う。

Jesus loves y’all.


自由に羽ばたけたら…

[ プロレス / 音楽 ]

1983年。夏になりかけた頃のある日曜の、暖かい昼過ぎだったと思う。

自分が旅行で初めてアメリカに来るのは、その約9月後、中一が終わってからの春休みだった。既にその旅行が決定していたはずなんで、とにかくアメリカに憧れていて、音楽も(中森明菜以外は)洋楽ばかり聴いていた頃だった。

その日は、全日本プロレスのトップの3選手であるジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎のアメリカ遠征が特別番組で放送されるというんで、逃せないと思ってテレビの前に居座って見ていた。

新日本プロレスが海外から中継の時は、どちらかというとニューヨークのマディソン・スクェア・ガーデンなど、都会っぽい雰囲気が多いような印象だったが、全日本の場合は、ノースキャロライナやジョージアとか、南部の田舎が多かったような気がする。でもそれもまた、いかにもアメリカっぽい感じで楽しかった。

その時も例外ではなく、ダラスからの中継だった。もしかしたら前半はジョージア州のサバンナからの試合もあったかも。自分が楽しみにしてたのは、ケビン・フォン・エリックをはじめ、デビッドとケリーの『鉄の爪』3兄弟だった。あの頃は、やたらかっこいいと思ってて、特にデビッドが好きだった。まさか6年後、ダラス近郊に住み始めるだなんて、当時は夢にも思ってなかった。
(実際住み始めると、ケビンに関する色んな噂や本人のインタビューなどを聴く機会が増え、いつの間にか、嫌いなレスラーの一人になってしまったが…)

当日デビッドは、ジミー・ガービンという、奥さんみたいな女性をセコンドに従えて来る奴と試合し、確かその女性が足を引っ張るかなにかで、デビッドが負けて悔しい思いをしたような記憶がある。

そして、ケビンはNWA世界ヘビー級王者ハーリー・レイスに挑戦。レイスのずる賢い攻撃にブチ切れた弟デビッドが乱入して、結局ケビンの反則負けに終わった。だが、試合後、怖気ついたかのように寝そべったままのレイスに怒鳴りまくるデビッドがかっこいいと当時は思った。

ケリーは、メインイベントで、ブルーザー・ブロディとタッグを組んだ。通常日本では悪役的な立場のブロディ、テキサスでは善玉だとは聞いていたが、同地のアイドルだったケリーとタッグとなると、やはり違和感を感じた。相手は、自分が知らないファビュラス・フリーバーズとかいうチームだった。マイケル・ヘイズと、後に日本で長期にわたって大活躍するテリー・ゴーディ。

彼らの入場シーンを見て、注目してしまった。彼らに、というより、入場曲かな。なんか、オルガンで始まるかっこいいイントロに乗せて、南部っぽい旗を振りかざしながら入場。日本の山奥にしか住んだことなかった自分にとって、当時は全てがかっこよく思えた。後で調べたら、どうやらジョージア州の旗だったらしい。でも、歌が始まったら2人がリングに上がり、すぐに音楽が終わったんで、「あ~、もうちょっと聞きたかったなぁ。」という感じで、どんな曲なのかすげぇ気になった。


この映像では1:12:22くらいから。当時日本テレビが放送したのは、イントロも全て入ってたが、このアメリカのESPNで放送された映像しか見つからなかった。後で調べたら、ダラスでの試合は1983年6月17日だったらしいんで、放送はおそらく6月26日か7月3日だったんだろう。

翌日学校から帰ってきてだったか、全日本プロレスに電話して問い合わせてみたが、全日主催の興行じゃなかったので、日本テレビのスポーツ事務局に問い合わせてくれとのことだった。

即、日テレに電話してみた。

曲名が『フリーバード』というのは判ったが、電話だとバンド名が聞き取れない。何度も聞き直して、『レーナード・スキナード』という、変な名前のバンドだということが判った。後で知ったのは、バンドのメンバーが行ってた高校の体育の先生の名前が、レオナルド・スキナーとかで、そこからバンドを名付けたらしい。

とりあえず情報は得たが、広島の山奥のド田舎のレコード屋にそんなもの置いてあるわけがない。

それから約2年後だったか、用事で広島市内に出た際、ブルース・スプリングスティーンのライブの海賊版を探しに、輸入レコード屋に入ってみた。そしたらなんとそこで、レーナード・スキナードのアルバムを見つけた。手書きで、「今は亡きレーナード・スキナードのベスト版です!」とか書いてあったと思う。1977年の飛行機事故でボーカルとギターを含む数人が亡くなってたらしい。

早速そのアルバムを買ったわけだが、それに入ってる『フリーバード』はライブ版で、オリジナルのオルガンでのイントロでなく、ピアノだった。当時は残念に思ったけど、間もなく再びピアノを弾き始めた自分は、数年後にはピアノのイントロが結構気に入ってた。

ちなみに、そのファビュラス・フリーバーズ、チームとしては翌1984年初来日。結局ゴーディだけが日本に定着することになるが、チーム名のとおり、自由にふるまってたという印象だった。

1987年、自分は渡米し、1995年までノースキャロライナ、テネシー、テキサスと、正にレーナード・スキナードの音楽に象徴されるような『南部』に住んだ。『白人様様』の地域なんで、自分みたいなアジア人は嫌な想いをすることが多かったが、当然いい思い出ってのもある。

ノースキャロライナ滞在中、旅行で隣のサウスキャロライナにあるマートルビーチへ行ったが、夜散歩してたらドア全開のバーから音楽が聞えたので、中を覗くと、ギターとベースの2人だけのバンドが『フリーバーズ』をやってて、「さすがアメリカじゃのぉ…」とか感動した記憶がある。

テネシーにいた頃、レーナード・スキナードは、ボーカルの弟が入ったりして再結成した。今ではオリジナルメンバーは1人だけなのに、全盛期の面子よりもずっと長くやってる。数曲聴いてみたけど、殆ど興味を持てなかった。

テキサスでは一時、ほぼ毎週金曜にはダラスの会場にプロレスを観に行ってたことがあり、その中で、ヘイズとゴーディだけじゃなく、バディ・ロバーツやジミー・ガービンといった、他のメンバー達も含めたフリーバーズの試合も何度か観ることができた。

ハワイはもちろん、ロサンゼルスやニューヨークのように、日本人が多く集まる場所では、本当の意味でのアメリカっぽさを味わうのは難しいのかもしれない。渡米してから最初の8年を南部で過ごせたというのは、いい意味でも悪い意味でも、この国に住むにおいて、非常に大切な経験だったと思う。

Jesus loves y’all.


47歳

[ 信仰 ]

1月が誕生日だと、毎年、「たったこないだ1年を振り返ったばかり」という感じで、改めて色々思い出すということが少ない。

親父が47歳の時は、自分はもう17歳で、既に渡米2年目だった。

うちのせがれはまだ6歳なんで、まだまだ自分も体力残しておきたいとか思うとこだが、ここ数年は色々あり過ぎて、なんとかぶっ倒れずに生きてるだけでも、神様に感謝かな。

「あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る。父には、変化とか回転の影とかいうものはない。父は、わたしたちを、いわば被造物の初穂とするために、真理の言葉によって御旨のままに、生み出して下さったのである。」
新約聖書:ヤコブの手紙1章17~18節

父ちゃん、母ちゃん、そして神様、この命ありがと。

Jesus loves y’all.


ガキの頃の記憶

[ 未分類 ]

教会に行く日とはいえ、現在うちの礼拝は12:30からなんで、少しはゆっくり寝ていたい日曜の朝。

トイレに目が覚め、時計を見るとまだ7時にもなってない。ベッドに戻ってきて、もっと寝たいと思ったが、隣にはいつの間にか、せがれが来て寝てやがる。まぁいつものことだが。

とはいえ、その時点ではせがれも全く動かず大人しくしていたので、まだ寝るチャンスはあると思った。

神様に、「もうちょっと寝たいんで、よろしく。」とか祈り、もう少しで眠りにつけるような気がしたその時…。

まだまだ寝ていたい自分は、大きな悩みをもたらすことを思い出した。

自分の弱さを責めた瞬間だった。

「なんで、このタイミングでこんなこと思い出すのか…。」と、本気で辛くなった。

落語の噺で有名な『寿限無』。小学三年生の頃は覚えてたが、今でも覚えてるだろうか。気になって寝れやしない。

とりあえず心の中で、言ってみた。

でも自信がない。

だから寝れない。

しょうがないんで、スマホを開いた。

寿限無、寿限無
五劫の擦り切れ
海砂利水魚の
水行末 雲来末 風来末
食う寝る処に住む処
藪ら柑子の藪柑子
パイポ パイポ パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の長助

赤字の部分以外は、全て覚えてた。『シューリンガン』を『チューリンガン』と覚えてたようだ。

でも、それ以外は全て当たってたんで安心。やっと寝れると思った。

しかし、だ。

しばらくすると再び自分に悩みの種が襲ってきた。

あの、『ドラえもん』で流れてた歌って、どんなんだっけ…。小学六年生の頃には全て覚えてたんだが…。

大杉久美子や渡辺美里が歌ってたあの有名な主題歌『ドラえもんのうた』じゃない。

大山のぶ代が歌う『ぼくドラえもん』の呪文のような部分だ。

とりあえず心の中で、歌ってみた。

あ~ぁ! 一箇所だけ思い出せん!

しょうがないんで、スマホを開いた。

キミョウ キテレツ マカフシギ
キソウテンガイ シシャゴニュウ
デマエ ジンソク ラクガキ ムヨウ

赤字の部分以外は、全て覚えてた。『デマエ』だよ、『デマエ』!  なんでこんな簡単な言葉、思い出せなかった!?

でもこれもまた殆ど正解だったんで安心。今度こそ寝れると思った。

しかし、だ。

しばらくすると…。

これは、決してブログのためにウケを狙ったネタを思いついたわけでなく、本当に何度も自分に悩みの種が襲ってきたのである。

中島みゆきの『あの娘』って曲のサビの部分、どんなんだっけ…。中学一年生の時には全て覚えてたんだが…。

とりあえず心の中で、歌ってみた。

あ~ぁ! 一箇所だけ思い出せん!

しょうがないんで、スマホを開いた。

ゆう子
あい子
りょう子
けい子
まち子
かずみ
ひろ子
まゆみ

赤字の部分以外は、全て覚えてた。『まち子』だよ、『まち子』!  っつうか、それって他の名前みたいに、どこにでもある名前か!?

でもこれもまた殆ど正解だったんで安心。本当に今度こそ寝れると思った。

うん、寝れそうだ。本当に寝れるような気がする…。

その時だ。

寝ていたせがれが、いきなり両手を広げて、片方が自分の顔面に直撃。

「こらぁ! 父ちゃんの顔に当たったぞ! さっさと自分のベッドに戻れ!」

しぶしぶせがれが自分の部屋に戻った後、時計を見ると、目覚ましが鳴る時刻の約20分前だった。

昔からうちの姉に、「あんた、実は年をごまかした、私の兄貴なんじゃろ!?」とか言われ続けたくらいだが、そんな記憶力も、中途半端な時には負担になるということを、改めて実感した朝だった。

Jesus loves y’all.