別に、今年に入って初めて何かまともな仕事をしたとか、転職したとか、そういう意味じゃない。
色々あって、今朝の礼拝では、牧師でも宣教師でもなければ、神学校に行ったとか大学で聖書を勉強したとか、そういうのが全くない自分が、生まれ初めて礼拝での説教を担当することになった。
いや、実のところ『説教』ってのは、なんとなく『上から目線』で、個人的には気に入らない表現なんで、『メッセージ』くらいにしておこう。
よく教会では、牧師じゃない信徒が、『証』といって、メッセージではなく、信仰の上での個人的な体験を語ることがある。でもそれは、正直言って、神様による自分の体験や気持ちを語ってればいいので、場馴れさえしていれば、それほど苦ではない。
でも、メッセージとなれば違う。自分なりの解釈だとはいえ、神の『想い』ってのを、みんなに伝えるわけで、『自分と神様の個人的な関係』だけでは済まないからだ。
現在うちの教会は、牧師もいないし教会に集まる人数も少ないので、自分も、メッセージや証、そして礼拝中のこども向けメッセージなど、担当者のドタキャンとかを想定して、いつでもできるように、常に準備しているつもり。証の場合は、メモさえ準備せずに喋ることが多い。
でも、さすがに今回は初めてのメッセージとあって、ある程度準備したし、ちょっと緊張したかな。
暇な人は、こちらで聴いてみてくれれば。
録音したのを聴いてみて思うのが、やっぱ自分は明確に言葉を発することがド下手。ベロが上手くまわらん。多くの人達ははっきり聞こえてなかったんじゃないかと思う。こればかりは、専門家の特訓を受けないとだめなような気がする。
それ以前に、内容という面では所詮、経験豊富な牧師先生方にとっては突っ込みどころ満載だろうし、知り合いの先生達の中でも、「田辺がやるのか。何か言ってやろう。」という感じで構えてんだろうなってのがなんとなく想像できちゃう人もいる。
んな感じで、色んな意味で、証は何度やってもいいけど、メッセージとなるとやっぱちょっときついね。自分の役割じゃないような気がする。
とはいえ、やってよかった。みんなにも、なるべく礼拝やそれ以外の集会とかで、人前で証をしたり、教会さえ許可してくれるなら、一度はメッセージもやってみるのをお薦めする。
そうすることによって、聞いてる人達にも励みになるだろうし、同時に、自分自身にとっても信仰を見直してみるという意味で、凄くためになると思う。




