イベント続きで…

[ ニューヨーク / 信仰 ]
2010年7月17日 土曜日

ここんとこ、結構疲れとるな。夏バテっつうのあるんじゃろうし。

前回も書いたとおり、6月の第三週末は、教会の修養会でペンシルバニアまで。企画だけじゃなく車の運転も自分だったんで、ちょっときつかったかも。

翌週は、教会で、近所の他の二つの日本語教会と合同で、半日修養会。『黙想会』といったとこか。別に自分が企画したわけでもなく、会の最中に何かを任されたわけでもない。弁当の予約と配達をやっただけ。ただ、うちの教会にはエアコンがなく、くそ暑い中での集会だったんで、これまた体力吸い取られたような気がした。

んで、それまた次の土曜は、毎年恒例、JCFN New York BBQパーティ。前日ニュージャージーの韓国系スーパーに夫婦で買出しに行き、そのまま教会で仕込み。今年は、急に決定して二週間くらいで半ば強行に近いもんがあったが、それでも子供達を入れると、30人以上来たんじゃないかな。材料少なめに買ってて、肉が少なすぎるような気がして、一瞬心配したが、なんとかギリギリ間に合った。ゲストでお招きしたユニオン日本語教会の相良牧師の話も、みんなに評判だったし、よかったんじゃねぇかな。

更に、それから一週間して、今月第二月曜には、これまたJCFN New York主催の月例VIP集会Love Joy Peaceの中島牧師をお招きした。日韓バイリンガル礼拝をしてる人で、せっかくなんで、お話だけじゃなく賛美のリードもお願いした。さすが、韓国人相手にも牧師やってるだけある。話も賛美も熱があり、みんな、普段とは違う盛り上がりを見せてた。

…とまぁ、本当は精神的に疲れるようなことが色々あったりもするが、なるべくブログでの愚痴は避けたいんで、活動報告くらいにしておこう。(笑)

しかし、あれじゃのぉ、普段は朝シャワー浴びるんじゃが、ここまで暑いと、さすがに夜寝る前にシャワー浴びとうもなる。んで今日は久々にシャワー直後にブルックリン・ラガー。やっぱ、これが最高にええんよのぉ…。


ランカスター

[ 信仰 / 旅行 ]
2010年6月20日 日曜日

今年のうちの教会の修養会は、我々夫婦が企画を担当。思い切ってペンシルバニアまで行ってきた。

昨日の朝は早く起き、教会に集合。8時には出発し、ランカスターに向かった。アーミッシュで有名な地域だ。途中、渋滞だったりで、予定よりもちょっと遅く11時過ぎに到着。後に色々控えてたので、そんなにゆっくり買い物してる場合は無い。

その後、30分くらい離れてる場所にあるレストランで昼食。んで、また30分くらい走って、宿泊施設に到着。

車を走らせてる間は、農場や馬車、家の前で座って駄弁ってる人々など、アーミッシュの地域の光景を楽しむことができた。

宿泊施設に到着直後にみんなでアスレチック。所謂、『team building』とかいうので、グループとしての気持ちを高めようってやつ。当初はみんな難色を示したにも関わらず、我々夫婦で強引に取り入れたプログラムだったが、終わってみると、みんな楽しかったらしい。

夕飯後、再び30分くらい車を走らせ、Sight & Sound Theatreへ。ここは、クリスチャンの劇で有名で、数年前に教会の行事でノアの箱舟を見に来た時も、なかなか感動させてくれた。今回は『Joseph』という劇。旧約聖書の創世記の最後の方に出てくるヨセフという人物で、ユダヤ人の父といわれるアブラハムから数えて四代目。話のポイントは、自分をエジプト人に売り渡した兄達への赦しと、奴隷として働いたり牢獄に入れられたりしても保ち続けた信仰。

その二つと別に自分が思ったのは、アブラハムからヨセフまでの四人とも、何かしら大きな失敗や変な行動が聖書には書かれている。特にヨセフなんかは、多くの人にとって第一印象は、「こいつウザい」じゃないだろうか。でも、そういう人間でも、神に用いられてたわけで、自分の不完全さを言い訳にしてちゃいけないってことを、再認識した。

前回も思ったんだけど、会場もでかく、演出もなかなかのもんで、下手なブロードウェイのミュージカルよりも、よっぽど出来がいい。

劇が終わり、宿泊施設に戻る途中、気付いたのは、電気をあまり使わないアーミッシュの地域だけあって、家の中もロウソクだけだったり、街灯も少ないってこと。さすがに暗くて運転しにくかった。

今朝は、普通に修養会っぽく、朝食の後はスモールグループで、夕べの劇の感想を交えての話し合い。その後は礼拝。

解散後帰途の中、再びランカスターの町へ。超保守的なクリスチャンの地域なんで、観光客が喜ぶような店の殆どが、日曜には閉まっている。それを覚悟してたにも関わらず、遠回りで帰ってみたら、なんとか、数件店が開いてる地域を発見。ちょっとだけ買い物して、ニューヨークへ向かった。

一泊しかないのに複数の人達の意見を取り入れ、色々押し込んだため、ちょっとスケジュールがきつかったかもしれないが、でもみんななんとか喜んでくれたみたいでよかった。今回は初めての試みだったが、次回はもうちょっと余裕を持ったプログラムが組めると思う。


VIP6月集会

[ 信仰 ]
2010年6月15日 火曜日

夕べの集会は、日本から来て東海岸を巡回している、元僧侶という変わった経歴を持った牧師を招いて、お話していただいた。

天台宗の僧侶として、仏教系の大学院の博士号課程まで進みながらも、仏教に矛盾を感じ、韓国留学などを通して、クリスチャンになったという。僧侶を辞めてからではなく、まだ仏教の道にいる中で、クリスチャンになったということに重点を置いていた。檀家だからとか、そういうのに拘ってほしくないということだった。

仏教についての説明の方が長かったような気がするが、その分、これまで仏教について知らなかったことも学べた。おそらく、自称仏教徒を含む日本人の大半が勘違いしたままってことも多かったんじゃないかと思う。例えば、釈迦は、実は死後の世界について説明などしてなかったとか…。

もちろん普段の集会より多く人が集まったが、一つ残念だったのは、集会にはクリスチャンじゃない人が一人も来なかったってこと。いくらなんでも、『仏教とキリスト教』って点で、みんな全く興味ないってこたぁないと思ったが。主催者である自分達が、ちゃんと宣伝できてなかったってことが、今回の大きな反省点かな。


本当の聖書って…

[ 信仰 ]
2010年5月26日 水曜日

聖書というよりも、『キリスト教』とかいう『宗教』に、ここ数年凄く疑問を持っている。疑問どころか、『キリスト教』なんかどうでもええけど、『クリスチャニティ』はしっかり持っときたい、というのが正直なところ。それはこれまでこのブログや、信仰の証(左のメニューの『Jesus』を参照)にも書いてきた。

(ただ、その『Christianity』でさえ、いかにも自分達がクリスチャンの代表かのような振舞いをしながら他を否定しまくってる多くのアメリカ人のおかげで、実にウザい言葉になっているのも事実なんだが、それと今回のネタとは別として…)

また、韓国では人口の26~27%がクリスチャンで、中国でさえイエスを信じる人が増えてるらしいのに、なぜ日本では何百年経った今も1%以下なのかと、考えることも多い。仏教だって外国の宗教だし、中国や韓国の例からして、「西洋の宗教だから」ってのは通用しない。結局、日本の文化にアレンジされなかったからではないかと、ここ数年感じている。実際、クリスチャンの多くでさえ、『西洋の宗教』って思ってる人が多いんじゃないかと思う。

日本人の大半が知ってる『キリスト教』ってのは、今で言う中近東で生まれ育ったイエスの教えが、欧米経由で日本に伝えられたものだ。イスラエル辺りから出てきたのが、東洋の端っこにある国に伝わった時には、既に西洋化されていた。イスラエル以外の文化でも受け入れられたってことだ。実際、他の文化でもそうだったわけで、アフリカ系アメリカ人を見ると、ゴスペル音楽でも知られるように、彼ら独自の賛美や説教の方法を持っている。また、韓国人教会ってのも、独特の雰囲気を持っているという。両方とも、元々は西洋経由だったかもしらんが、彼ら自身の教会文化がある。では、日本じゃ不可能だったんだろうか。

確かに日本語の聖書を読むと、長年クリスチャンやってる自分でさえ、「これじゃぁ判り難い」って思うことが多い。それ以上に問題なのは、後述のビデオで聞き手の人が言ってるように、聖書に書いてある言葉を、どういう訳であろうと、そのまま『神の言葉』として捉えようとすることが多いってこと。それって、凄い危険なことだと思う。日本語と全く違う言語形態のものから、強引に日本語に訳し、誤解を招いたり、実際英語の聖書と比べても意味が違うとしか思えない場合もあるからだ。また、その人が言ってる様に、イエスというと、遠方の白人が日本語聖書に書いてあるような丁寧な話し方で喋ってるような印象を持つことが多いが、これだと、いつまでたっても身近な存在に感じられない人が多いはず。

先日、東北弁に訳され朗読されている聖書のCDってのを、友人に聴かせてもらった。どうやらギリシャ語から直接翻訳されてるらしい。別に自分は『耶蘇教和風化運動』を呼び掛けてるわけじゃないが、なんとなく、それっぽいことが起こればいいという理想があるわけで、山浦玄嗣氏の読む『マタイによる福音書』を聴いてると、そのヒントを見つけたような気がした。

ところで、自分の名前同様『玄』と書いて『はる』と読むのって、今まで殆ど見たことがない。まぁ、そりゃぁどうでもええとして…。

山浦氏による東北弁『ヨハネによる福音書』の解説の前に、まず別のビデオを。

以下は山浦氏へのインタビュー。教会の先生が曖昧な返答しかしてくれなかったってのも、いかにもよくありそうな話。結局「こう書いてあるから、こうなんです。」という、「宗教は人に考えるのを止めさせる」ってのが多いってことなんだろうか。


特に、後半の3分50秒あたりからは、このビデオのポイントそのものじゃないだろうか。

時々方言で書かれた聖書を見るが、それはそれで『翻訳』した人達の努力も凄いと思う。とはいえ、書いてあるという理由からか、なんか、わざとらしさを感じる。だが、こうやって、ギリシャ語から直接その方言に翻訳し、尚且つ朗読されると、伝わり方が全然違う。

アメリカに来て、英語を学びながら実感したのは、言葉と文化って一緒について周るってこと。アメリカの文化を知ろうとせずに、アメリカの英語は学べない。他の言語も同じはず。ヘブライ語やアラム語、ギリシャ語といった外国語で書かれ、それらとは違う語圏の人達によって日本に伝わった聖書を、本当に日本人に理解してもらいたいなら、やはり変なフィルター抜きで、伝わり易い言葉で語られることが大事なんだろうな。


“Total Praise” @ Carnegie Hall

[ ニューヨーク / 信仰 / 音楽 ]
2010年4月28日 水曜日

実はタイトルは、『Total Praise』じゃなく『A Night of Inspiration』とするべきなんだが、それは後述として…。

今晩カーネギーホールでゴスペルコンサートが行われた。一番安い席が$13.50だったんで、嫁さんや友達と、四人で行ってきた。

とにかく、色んなアーティストが出演して面白かった。バックのコーラスは、ニューヨーク近辺の教会のクワイヤによる構成で、殆ど黒人なんだが、一組だけクイーンズの韓国人教会の聖歌隊も入ってて、ちょっと意外だった。

最初に出たのは、なんとマイケル・マクドナルド。元ドゥービー・ブラザースのメンバーで、白人だし、昨年クリスチャン系のアルバムを出したとは言えゴスペル歌手として知られてるわけじゃない。だが、殆どが黒人っつう観客を沸かせてたなぁ。一曲で終わったけど。

二番目と三番目には、なんと今回目当てにしてた人達が、さっさと出てきてしまった。ビービー&シーシー・ワイナンズに続き、シャーリー・シーザー。これまた一曲ずつ。

続いて、あまり好きじゃないけどヘザカイア・ウォーカーとか、色々出てきて一曲ずつ歌って、休憩。なんだ、みんな一曲ずつで、最後に全員参加というオチか…と、なんとなくがっかりしてた。

だが後半になると、昔プリンスと共演して現在はゴスペルでの仕事が多いシーラ・Eが場を盛り上げる。そして再度ビービー&シーシーやシャーリー・シーザーも出てきたりで、更に盛り上がる。カート・カーやフレッド・ハモンドも出てきて、とにかくゴスペル界の大物の連続だった。

最後はリチャード・スモールウッド。ピアノソロに続き、再びマクドナルドが出てきて、スモールウッドによる永遠の名曲『Total Praise』を歌う。途中から、全クワイヤが参加し、出演者も勢揃い、観客にも促しての大合唱。出演者も観客も、殆どが黒人という中で、白人のマクドナルドにリードをさせ、それに対してみんなが盛り上がってたという事実に、感動した。これまで何度もゴスペルコンサートに来て、神の目には人種など関係ないはずだと思いながらも、毎回なんとなく人種間の壁を感じてたが、今日はちょっと違って、なんかいい気分だった。

$13.50でこれだけ楽しめるってのは、やっぱ日本ではなかなかありえんよな。

ちなみに『Total Praise』を知らない方はこちらを。音質も画質もよくないけど、やっぱカバーよりオリジナルで紹介したい。