裏方

[ プロレス / 信仰 ]

先週の月曜、宣教師として日本に行く準備をしているという韓国系アメリカ人の女の子と出会い、色々話をした。

ニコニコして明るい感じの子で、大学を卒業して、まだ2、3年しか経ってないようだ。うちの姪達より歳下か。日本語を勉強して宣教師になるなら、再来年あたりには、もし自分がその子を人前で紹介することがあれば、「~先生」とか言うんだろうと思うと、不思議な気もした。

世界的に大学のキャンパスを中心に活動している有名な宣教団体で働いているんで、クリスチャンじゃない学生達に直接話をしていくのが彼女の活動の中心になるんだろうと思う。

会話の中で、自分はむしろどちらかというと反対で、直接口頭で誰かに福音を伝えたり教会に誘ったりするのは、実は苦手だということを明かした。

確かに、人前で喋たったり演奏したり、礼拝やイベントの司会もしたりで、正直目立つ活動も結構ある。でもそういうのは全て、会衆の前でやってるわけで、色んな人達を個人的に相手にしているわけではない。

自分みたいに、見た目が胡散臭く、不愛想な雰囲気の奴は、誰か知らない人に個人的に『神の愛』とかについて話すよりは、教会や宣教団体の事務仕事、またはイベントやウェブサイトの手伝いなど、裏方の仕事の方が向いてるような気がするということを語った。

丁度3ヶ月前、プロレスラーのスタン・ハンセンについて書いたが、それもまた、自分自身の言葉ではなく、せっかく自分のプロレスのウェブサイトの人気が出てきてたので、福音を伝えるのに利用しない手はないと思って、プロレスラー達の信仰の証を載せ始めようとしたのがきっかけだった。

そのページに載せてる殆どは、プロレスファンでないと解らない選手ばかりだが、さすがにハンセンくらいになると、プロレスファンでなくても名前くらいは聞いたことがあるという人が多く、影響力もある。

かれこれ15年近く前になるが、テキサスの大学にいるというアメリカ人の学生からメールが来て、「こないだ日本人のプロレスファンの友人がクリスチャンになった。色んなやり方でイエスのことを伝えてきたけど、その中でもハンセンの証を見せたのが大きかったような気がする。」とのことだった。自分がやってきたことが誰かの役に立ったと喜んで神様に感謝した瞬間だった。

6年前には、あるミュージシャンからも、同じくハンセンの証を読んだということで連絡をもらった。

そして昨日、見知らぬ人からfacebookに友達申請が来た。10年前にハンセンの証を読んで感動したが、最近ご本人もハンセンと似たような状況になったらしく、改めて励まされたとのこと。実は自分のブログも読んでくれてるとか。

人前で音楽を演奏していると、「誰か一人から感想を言われたら、その人だけではなく、何人も同じことを感じている人がいると思え。」と、何度か言われたことがある。何年もかけてではあるが、ハンセンの決して長文ではない証だけで数人連絡をくれたってことは、もっと多くの人達が、それによって励まされてると理解していいんだろうと思う。

プロレスのサイトとは別に、うちの教会のウェブサイトを始めたのも、そこに信徒達の証を載せようと呼びかけたのも自分だが、それもまたこれまで何人もの人達から励まされたという連絡をもらった。

先週の日曜は、近所の他教会で日本からの特別ゲストが来て話すっていうんで、うちの教会も合流したが、その先生が言ってたことの中に、「祈ってても神様から方向性が示されないこともあるが、そういう時は、無視されているのではなく、自分が今やってることを地道に続けろということ。」というのがあった。

確かに最近は、教会のことも、それ以外の自分が関わってる伝道活動にしても、祈ってても何も聞こえない。ならば、裏方の仕事だろう何だろうと、実際に何人もの人達にいい影響が与えられてるらしく、何等かの形で色んなとこで撒いた種が芽生えているようなんで、これまでどおりコツコツやってくってことでいいってことか。

色々と励まされた一週間だった。

Jesus loves y’all!


船出

[ ニューヨーク / 信仰 ]

何度か書いてるとおり、うちの教会はここ数年、色んな『困難』を通ってきている。

20年以上使ってきた建物が約1年半前に他教会に売られ、2019年12月まで使わせてもらう契約だったが、結局出て行ってくれとか言われ、建物を売った元所属教団からも独立し、そのうえ現在は牧師もいない。

だが、教団に対する疑問は『9・11』の頃から少しずつ積もってきてたし、教会堂売却が決定した頃から、2017年6月末の牧師先生の3年間の任期終了と共に、建物からも教団からも出るべきというのは、少なくとも自分は既にある程度視野に入れていて、むしろそれを目指すべきだということを他の人達には伝えていた。

だからと言って、実際にそうなるように行動に移したわけでもない。神様がどう導いてくださるか、忍耐を持って待ち望むことにした。結果、教会外の周りの連中がゴタゴタと動いて、決していい形ではないが、自分がある程度頭に描いてたようになった。

とはいえ、先月末、結構突然追い出された形になったんで、しっかりと準備ができてたわけでもなく、7月に入ってから3週は、毎回別の他教会の礼拝に合流させていただいた。そして先週と今朝は教会員宅での家庭礼拝。

つまり先週7月23日が、やっと単立無牧放浪教会として初めて独自での礼拝だったわけで、自分がメッセージを取り次がせていただいた。

現在も時々タイミングを狙って、旧教会堂に残っているうちらの所持品を持ち出しているが、その翌日の月曜も、自分の『音楽の相方』が教会に置いてた荷物を運び出す手伝いをしていた。

彼女が住んでいるのは女子寮みたいな所で、自分が建物に入るとなると手続きなどが必要で面倒で、彼女も自力で車と部屋を往復するって言うんで、自分は車の中で待ってたが、一往復した後、結構大変そうだったので、結局手伝うことにした。

受付で手続きを終わると、彼女に郵便物が渡された。

その中の1通は、移民局からのものだった。思わず2人で顔を見合わせてニヤリとしてしまった。

部屋に荷物を運び入れるのを終え、封を開けた。

数年前から自分が手伝い、法律事務所に依頼せず申請した彼女の永住権。

やっとその通知が来て、承認されたとのこと。

今、うちの教会が置かれている状況のこのタイミングで、それも自分が荷物運びを手伝うという全く別の理由でその場にいて、2人で封筒の中身を確認したというのが、なんとも神様の粋な計らいを感じた。3日後には、グリーンカードの現物も届いた。

そして、今朝の礼拝では、彼女が永住権取得に至るまでの感謝の証をした。

先週も今週も、多くの人達の価値観からしたら礼拝っぽくない礼拝だったかもしらんが、うちらにしては、新しい出発に相応しかったと思う。

礼拝での話はこちらのリンクにあるんで、気が向いた人は聴いてくれたらうれしい。

ほんの数名しかいない小さな群れで、人間的な意味からすると、弱小化したと思われて当然の教会。

でも、負け惜しみとか抜きで、今すごく教会として充実している。礼拝だろうとバイブルスタディだろうと祈祷会だろうと、多分ある程度どんな場所でもできる勢いかも。

よく自分が聴いてるゴスペル中心のラジオ局の番組で、「Don’t just go to the church; be the church! (教会に行くだけじゃねぇ。てめぇが教会になれ!)」という標語みたいなのがあるが、正にそれに近づいてるのかもしれない。

昔、自分がまだ結婚する前、うちの教会の『青年会』の集会で、初代の牧師先生が言ってたのを思い出す。

「世の中には、港から出て行かない船のような、殻に閉じこもったクリスチャンが多い。ちゃんと出て行って、『この世』という海に沈まずに、しっかり進んでいけるクリスチャンに、みんなにはなってほしい。」

まだまだ色々と面倒なことが続いて当分落ち着けなさそうな気はするが、余計な伝統や形式に囚われることなく、「嵐を恐れず、雨の中で踊る」という気持ちで、神様に感謝しながら自由に航海していける教会でありたいと思う。

Jesus loves y’all!


『不沈艦』

[ ニューヨーク / プロレス / 信仰 ]

もしかしたら、今日ほど、たった5分10分程度のために、時間とお金を費やしたことはないかもしれない。

とはいえ、単に夢中になりまくってたわけでもなく、正直あまり期待もしてなかったが、それでも実行しなければいけないような使命感があった。

15年前、自分のウェブサイトに載せるために、ある人にクリスチャンとしての信仰の証を書いてもらいたいと思い、連絡先を知ってそうな色んな人達に依頼してたら、ある日突然本人を名乗る人がメールで送ってきてくれた。今まで会うことがなかったテキサス中部在住のその本人が、今夜ニュージャージーに来るという情報が入ってきたが、その場所が結構我が家から行くのに不便そうだったので、今回もまた会う機会がないと諦めてた。

だがなんと、昼間には、うちからもうちょっと行き易い場所にも来るとのこと。

現在、自分は過去3~4年の間に教会や(直接嫁さんやせがれが原因ではないが)家庭のことで溜まりまくったストレスにより、多少体調を崩していて、車ならば30分くらいで行けるとこだが、ちょっと自信がなかったんで、わざわざ2時間近くかけて電車で行った。

ニューヨーク市のほぼ東端にあるフラッシングという町は、台湾人や韓国人が多く、大部分が中華街または韓国人街っぽかったりして色んな店があるが、今日行った場所は結構外れの方で、特にこれといって何もない地域だった。

そこに小さなプロレスショップがあって、時々新旧の大物レスラーが来てサイン会をするんだが、今日は「有名人に会いに行く」というミーハー気分よりも、どちらかというと、「これを逃すと挨拶する機会がなかなか無いかも。」という思いで行ってきた。

プロレスのTシャツは何枚か持ってるが、今日はやはり故ブルーザー・ブロディのを着ていくしかないと思った。

過去20年近く使ってきた日本語の聖書も持って行くことにした。

そして、15年前に送られてきた信仰の証の英語の原文も印刷してバックパックの中に入れた。

初めて行く場所ということで、念のため早めに行ったもんで、とりあえず事前に友人が薦めてくれてた二件隣のイタリアン・デリで軽く昼メシ。喰い終わった後、店の前で時間を潰してたら、本人が車から降りてきた。

ブロディのシャツを見ると、ニヤっとして、「元気にやってるか?」と声をかけてきた。でも、引退して時間も経ってるし歳もとって縮んだのか、自分より大きいという感じはそれ程しなかった。

少しずつ列ができてきたが、自分より先に来てた二人がメシか何かでどっか行ってたので、自分が最初に入らせてもらえた。

まず、「これ、昔送っていただいたんですが、覚えてますか? 本当にご本人から来たものか、長年気になってるんです。」と言いながら印刷した証を渡した。最初の数秒間、「なんじゃこれ」とか言わんばかりの表情で読んでたが、途中で、「Wow… Oh my goodness… これ、確かに俺が書いたやつだよ。結構前の話だよな。」という返事が返ってきた。なので、プロレスサイト宣伝用の名刺も渡しといた。印刷した証は、本人が持って帰りたいとのことだった。

そして、持って来た聖書を開き、裏表紙にサインするようにお願いした。
聖書

「多分、聖書にサインしたのなんて初めてかも。」

「え? 英語の聖書にも?」

「ないなぁ…。」

「んじゃ、それもまた光栄ですね。大体、日本国外で日本人のクリスチャンってのもなかなか会えないでしょ?」

「確かにな。俺たち夫婦は、大和の教会に行ってたけど。」

「確か、カルバリーチャペルでしたよね?」

「そうそう。素晴らしい牧師だった。」

「いやぁ、本当、やっと会えて嬉しかったっす。」

「だな。驚いたよ。もしかしたら、今後も俺たちは連絡取り合うべきなのかもよ。」

社交辞令かもしらんが、日本で最も活躍した外人選手の中の一人であるスタン・ハンセンが自分にそう言ってくれたのは嬉しかった。

もちろん、業界ではあそこまでのレジェンドが、自分なんか覚えてて連絡してくるとも思えないけど、でも、彼のクリスチャンとしての信仰が、日本語を話す人達に、イエス・キリストを通して現わされた神の愛を伝えていく更なる機会につながってほしいという希望が大きくなった。

Jesus loves y’all!


夕べの夢

[ 信仰 / / 音楽 ]

いや、今朝の夢かもしんない。それはどうでもええとして…。

6月25日、日曜日。いつものように午前中に教会へ。礼拝が始まろうとしてるが、大変なことに。

なぜか、何も全く準備できてない。週報も印刷してなければ、みんなに見せる歌詞も用意してないし、楽譜も全て家に忘れてきた。

自分でも何故かわからん。

が、その時、見るからにいかにも宣教旅行中の日本人大学生グループっぽいのが何人かで教会に入ってきた。

焦ってる我々を見て、「今朝の礼拝、僕たちに任せてください。」とか頼もしいことを言ってくれる。

とはいえ、知らない連中に礼拝丸ごと任せるのもいかがなもんかと、自分は出来る限りの準備を続けてたら、勝手に礼拝を始めやがった。

それも司会をしているのは、昔、神学生時代にうちの教会に来てて、現在京都で牧師をやってる友人。なぜこんなタイミングでわしの夢に出てくる!? (笑)

彼の紹介で、20代前半くらいの男の子がギターを持ってみんなの前に立ち、弾き語りをし始めた。

よくよく聴いてみたら、ザ・バンドの、自分も好きな曲『ザ・ウェイト』じゃねぇか。本人が日本語訳にしてると思われる。そこは素直に面白いと思った。礼拝にそのまま使える歌かどうかは別として…。

ただ、歌もギターも、お世辞でも上手だとは言えない。

そうこうしてるうちに、「あ…。」とか言いながら、やたらと演奏が途中で止まる。

「やっぱ知らない連中に礼拝なんか任せるんじゃなかった…」と苛立ちながらも、「本人達も、一生懸命神様を賛美してるんだ…」と自分自身に言い聞かせ、忍耐を要求される状態に。

焦り始めた時、これは夢かもしれないと思い始めた。

「っつうか、25日って、まだじゃん?」

そうだ、やっぱ夢だ。

目覚める瞬間、もう一つのことに気付いた。

「そういえば、25日は、夕方の礼拝なんで、朝から行かなくていいんだった。」

そう。今度の日曜は、牧師先生帰国前の最後の礼拝で、いつ出ていくか定かでないうちの教会にとっても、約21年礼拝したあの場所に多くの方々をお招きするのは最後。なので、近隣の他の教会の方々にも合わせて、夕方にしたんだった。

自分も数曲演奏する。

なんか、今の教会の状況の中で、自分は疲れてるということを示されたような気にさせられた。

それと同時に、「今の自分にできる最高のものを神様にお献げした。」と自身持って言えるように、ちゃんと練習しないとなぁ…と、そう思わされた夢だった。

そういうわけで、今週末ニューヨーク近辺にいる人達、あの教会堂では最後かもしれない礼拝に来てくれたら嬉しい。

Jesus loves y’all.


海辺で洗礼

[ ニューヨーク / 信仰 ]

昨日、うちの教会は、21年の歴史の中で、初めて海辺で礼拝をした。

洗礼を受ける方がいらして、本人の希望で、海でやることに。いや、本人の希望じゃなくても、海でやるのを提案してたかもしれない。それ以前に、なんで今までやらなかったんだろう、という気がしないでもない。

オーチャードビーチに行った。ニューヨーク市内だがブロンクス区の端の方で、みんなが住んでいて教会もあるウェストチェスター郡ギリギリのとこにある。

ベンチに座り、受洗者の信仰告白を聞いた。

その後、牧師先生がみんなに話してくれたのは、受洗者本人が洗礼を受ける決意ができたのは、前週の礼拝で、うちの嫁さんがみんなと分ち合ってくれた中での「全て神様に委ねるべきだが、無責任になれという意味ではない。」という一言だったとか。それで、決断するのは自分自身だということに気付いたのだという。当日初めて教会のみんなの前で喋ったうちの嫁さんにも凄い励みになったと思う。

海で洗礼

礼拝後は、すぐそばのシティアイランドのシーフードレストランへ。毎年夏に教会の人達と一緒に一、二回は来る場所。

Johnny's Reef

その中で、昨年春、脳こうそくで倒れ、大分回復はしたが未だに言葉をなかなか発せない人が、倒れて以来初めてビールを飲んだ。一人洗礼者が与えられたのも勿論だが、これもまたみんなで喜び合った。

結構和気藹々な教会だが、牧師先生は今月末で帰国。

そしてうちらも、20年以上親しんできた建物から追い出される。

この先どうなるかは、正に「神のみぞ知る」ってやつだ。

そんな中での、楽しく、励まされた一日だった。

Jesus loves y’all.