藤波辰巳

[ ニューヨーク / プロレス ]
2011年12月17日 土曜日

リングネームは『藤波辰爾』なんだが、なんとなく本名にしたかった。

友人の紹介で、今晩マンハッタンの居酒屋『六明社』で一緒に飲んできた。

最初は予想通り、ご夫人はしっかり喋ってて、ご本人はというとかなり物静かで、話しかけるのも失礼なのかと思わせるくらい。でも、飲むのが進むにつれて、徐々に、話し始めてくれた。

正直、プライベートな時間なんで、あまりプロレス関連の話題をこっちから突っ込みまくるのもよくないかなと変に遠慮してしまった。

とはいえ、バーカウンターのスクリーンに流れてた昔の試合のビデオには、食らいつくかのようにしっかり見てた。さすがに本人も持ってないような古い試合も流れてて、関心していた。

話題の内容としては、ここには書くべきではないと思われる業界関係のことなど幾つかあったが、結構色々語ってくれた。

現在のプロレス界に持つ不満な点はとりあえず一致してるのは確かかな。

話からして、今後もプライベートでニューヨークに来ることが多いと思われるので、時々会えたらええな…と思わされた、気さくな夫婦だった。


あれから10年

[ ニューヨーク / 信仰 ]
2011年9月11日 日曜日

『ツインタワー』こと、世界貿易センター(ワールド・トレード・センター)は、NY在住日本人の間では通称『ワートレ』。

そのワートレが落されてから10年経った。まだ10年かというより、もう10年かって感じ。ホンマ、たったこないだみたいな…。今でもクイーンズやニュージャージーを車で走ると、「そういえばワートレ、ねぇなぁ…。」って思ってしまうことがある。

実はな、今夜は珍しく、自宅でビールだけじゃなく、グラスの三分の一ほど泡盛も(奥様の許可で)飲ませていただいて、調子こいとるもんで、書こうと思えばいくらでも書けるんじゃけど、あまり政治的なこたぁ書きとうないけぇ、やっぱりやめとこ。

ただ、一つだけ書かせてもらおう。

この度、ニューヨーク州が正式に、9-11を記念する旗を作った。

そこには、「We Remember」と書いてある。

身内や知人が亡くなっとるならもちろん、この近辺に当時住んでたなら、忘れられるわけがない大惨事だった。

でも、こうして公式に「私達は忘れない」というようなことを書かれると、「んで、どうするん?」と思ってしまうのである。

覚えていてどうするのか…ってこと。アメリカ人の言う、こういう時の『Remember』を聞くと、やはり真珠湾攻撃を思い出すわけで、どうしても『復讐』という捉え方をしてしまう。

自分は広島県で生まれ育ったが、もちろん原爆のことなんか、資料で見たり体験者から話を聞いたりでしか知らない。でも、うちらは、広島の人間として、原爆も戦争も、日本と他国の問題というより、人類自体の愚かさだという教育を受けてきた。

9月11日というのが、今のように復讐や憎しみで溢れるんじゃなく、8月6日のように平和への祈りの日として覚えられるようになるように願う。

アメリカ政府にそんなこたぁ期待せん。所詮、戦争やってなんぼの国じゃけん。

でも、神様にゃぁ期待してぇな。

そう感じた一日じゃった。


夏も終わり…

[ ニューヨーク ]
2011年8月26日 金曜日

なんか、こどもが生まれたせいか、この夏はやけに短かかったような…。

お客さんのとこに行かない限り、自宅勤務の自分は、仕事どころか、結局こどもの世話をしてるということの方が多い。これじゃ時間は早く経つわな。ブログも、毎日同じような生活なもんで大して書くこともないし、子育てブログなんてやる気もねぇし、何かあったらすぐ書けばいいんだろうけど、忙しくしてるとすぐに『時効』になってしまって、結局これが今月初。

気がつけば、今年は海に行ってないどころか見ることさえなかった。

せめて今週末くらいは、シティアイランドへ行って、Seafood CityJohnny’s Reefでビールを飲みながらシーフードをつまむという、毎年恒例だったことをやりたかったが、あいにく土・日のニューヨークは数年ぶりのハリケーン、それも日曜には市内の交通機関は全て止めるという、かなりの悪天候になるらしい。

シーズンが終わってもまだ暖かい来月を狙うか…。


Paul McCartney @ Yankee Stadium

[ ニューヨーク / 音楽 ]
2011年7月17日 日曜日

うちの故郷のスーパーの屋上のアイドルショーを除くと、自分が初めて行ったコンサートは、高三の春休み、ハリウッドで聴いたジャズのサックス奏者、故スタン・ゲッツんで、初のロックコンサートは、大学に入った年の秋、ダラスの何万人も入るフットボール場で、前から八列目で観たローリング・ストーンズ

以来これまで、本当に色んなコンサートに行ってきたチャック・ベリーレイ・チャールスといったパイオニア達、ロックだけではなく、フォークやジャズ、カントリーの巨匠、そして数々のゴスペル・アーティストと、ライブで聴きたかったのは殆ど制覇しかけていた。

が、あと二人、どうしても一度でええからコンサートに行ってみたいのがいた。

一人はマドンナ。別にファンじゃないんだけど、ライブは絶対楽しいんじゃないかと思う。

そして、もう一人はポール・マッカートニービートルズ解散後の彼の曲はあまり詳しくないけど、それでも好きなのが幾つかある。もちろんビートルズ時代の曲ならば、思い入れの強い曲も多い。

夕べ、ついに、ヤンキースタジアムで、ポールのライブを観ることができた。息子は嫁さんの友人に預けてった。

ステージの構造が、なんか下手で、真正面から見てないとバックの映像が見えず、ちょっとでも横だと、やたら見えない部分が多い。事実、うちらが座ってたセクションからだと、ポールがピアノに座ったら、全く見えず、ステージの脇の大スクリーンで見るしかなかった。とはいえ、どっちにしろ双眼鏡が無いと明確に見えないほどの距離なんで、そんなに苦ではなかった。

全体の半分がビートルズ時代の曲だったが、もちろんウィングスの曲やソロのもしっかりやってくれた。

そして、本来ジョン・レノンジョージ・ハリソンが歌ってた曲も演奏。ジョージの『Something』をポールが歌ってる時には、さすがに少し涙が出た。

グランドピアノで、『Live and Let Die』や『Let it be』などの名曲が続いた後、真ん中にド派手なアップライトピアノが用意され、『Hey Jude』で一旦引っ込んだ。実は、ニューヨークで、それもヤンキースタジアムってことで、途中特別ゲストを一人期待してたが、この時点で、あきらめてしまった。

アンコールは全てビートルズの曲だった(何か忘れとるかもしらんが)。ステージ中央のアップライトピアノを引き続き使って『Lady Madonna』。

そして、ポールが「ニューヨーク出身の友人を紹介しよう。」ってんで、自分は心の中で「きたぁ~!!!」って叫んだ。ビートルズの最初のアルバムの一曲目『I saw her standing there』。当初は、コンサートの中盤あたりになるんじゃないかと予想してたが、まさかここで来るとは。期待どおり、ビリー・ジョエルが登場、ピアノでポールとデュエット。一曲だけだったが、アンコールの一部だったし、それはそれでよかろう。

そして、『Get Back』で再度ステージを去る。

二回目のアンコールはポール一人でアコースティックギターを持ち『Yesterday』。その後、打って変ってハードな『Helter Skelter』。最後はアビーロード・メドレーでシメ。

ある程度流れが予想できたが、かえってそれが良かったんだろうし、それでも所々「こう来たか…。」とか思わされたり「あ、この曲があったじゃねぇか。」ってのもあって、全体的に凄く楽しめた。年齢からして当然老けてるわけだが、とても69歳とは思えないパワーだった。今回が最初で最後かもしらんが、行けてよかった。

亡くなったも連れてきてやりたかったって思った。息子もいつか連れてきたいって思ったが、あいつをコンサートに連れてこれる頃には、もう既にポールもコンサートなんてやってられないだろ。そんなことを考えてると、自分の人生の中で心に残るコンサートになったような気がする。


JCFN New York BBQ Party

[ ニューヨーク / 信仰 / 飲み喰い ]
2011年6月25日 土曜日

今日は、2003年から続いてる、毎年恒例JCFN New York BBQ Partyだった。

例によって、昨日、ニュージャージー州フォートリーにある、韓国系大スーパー『H Mart』こと『韓亜龍』(ハナルム)で買出し。肉と野菜をたらふく買ってきた(もしかして、こういう時にゃ、「たらふく」って表現使わんのかな…)。昨年は、自分が間違って少なめに買ってきたので、本番でも多少遠慮気味で喰ったが、今年はこれまで最高の参加者数になりそうだったので、しっかり買いまくった。

肉は昨日仕込んだが、味付けは毎年同じ。前日に仕込みして、一晩漬けておく。ビーフと鶏のドラムスティックは韓国風BBQ用タレで、ポークチョップは塩、コショウ、ごま油。ただ、手伝ってくれた友人の案で、ドラムスティックは、半分をタレに漬けて、もう半分は塩コショウにした。

今回は、参加するとか言ってて来なかった人達が、例年より多かった。が、飛び入り参加もある程度いたので、最終的に大人だけでも参加したのは37人またはそれ以上。子供を入れると、50人近かったと思う。やはり過去最高か?

今回のメッセージは、明日の礼拝を最後にニューヨークを去るうちの教会の牧師。我々はみな神様に招待されてるが、それに受け応えるかどうか、ってことだった。

天気予報では、集会最中の1時ごろから4時ごろまでが雷雨とか言ってた。案の定、途中で、ポツポツ降り始めたので、みんなで協力して、室内に移動。結局、移動する必要のあるほどの雨にはならなかったが、それはそれでよかったかなと。

JCFN New Yorkのリーダーが夏休みで今朝帰国したばかりだったが、ここ毎年やってる集会だし、スタッフのみんなも手馴れたもんで、なんとか順調に進めることができた。食べ物もみんな十分喰えたと思うし、会計の部分でも、自分を含め、買出しに使った費用と牧師への謝礼で、とんとんになったし、全体的にいい集会だったと思う。

ちなみに、今年中には、その『H Mart』、なんと我が家から歩いて行ける距離にできる予定。来年のBBQはニュージャージーやクイーンズまで運転して買出しに行かなくて済みそう。