船出

[ ニューヨーク / 信仰 ]

何度か書いてるとおり、うちの教会はここ数年、色んな『困難』を通ってきている。

20年以上使ってきた建物が約1年半前に他教会に売られ、2019年12月まで使わせてもらう契約だったが、結局出て行ってくれとか言われ、建物を売った元所属教団からも独立し、そのうえ現在は牧師もいない。

だが、教団に対する疑問は『9・11』の頃から少しずつ積もってきてたし、教会堂売却が決定した頃から、2017年6月末の牧師先生の3年間の任期終了と共に、建物からも教団からも出るべきというのは、少なくとも自分は既にある程度視野に入れていて、むしろそれを目指すべきだということを他の人達には伝えていた。

だからと言って、実際にそうなるように行動に移したわけでもない。神様がどう導いてくださるか、忍耐を持って待ち望むことにした。結果、教会外の周りの連中がゴタゴタと動いて、決していい形ではないが、自分がある程度頭に描いてたようになった。

とはいえ、先月末、結構突然追い出された形になったんで、しっかりと準備ができてたわけでもなく、7月に入ってから3週は、毎回別の他教会の礼拝に合流させていただいた。そして先週と今朝は教会員宅での家庭礼拝。

つまり先週7月23日が、やっと単立無牧放浪教会として初めて独自での礼拝だったわけで、自分がメッセージを取り次がせていただいた。

現在も時々タイミングを狙って、旧教会堂に残っているうちらの所持品を持ち出しているが、その翌日の月曜も、自分の『音楽の相方』が教会に置いてた荷物を運び出す手伝いをしていた。

彼女が住んでいるのは女子寮みたいな所で、自分が建物に入るとなると手続きなどが必要で面倒で、彼女も自力で車と部屋を往復するって言うんで、自分は車の中で待ってたが、一往復した後、結構大変そうだったので、結局手伝うことにした。

受付で手続きを終わると、彼女に郵便物が渡された。

その中の1通は、移民局からのものだった。思わず2人で顔を見合わせてニヤリとしてしまった。

部屋に荷物を運び入れるのを終え、封を開けた。

数年前から自分が手伝い、法律事務所に依頼せず申請した彼女の永住権。

やっとその通知が来て、承認されたとのこと。

今、うちの教会が置かれている状況のこのタイミングで、それも自分が荷物運びを手伝うという全く別の理由でその場にいて、2人で封筒の中身を確認したというのが、なんとも神様の粋な計らいを感じた。3日後には、グリーンカードの現物も届いた。

そして、今朝の礼拝では、彼女が永住権取得に至るまでの感謝の証をした。

先週も今週も、多くの人達の価値観からしたら礼拝っぽくない礼拝だったかもしらんが、うちらにしては、新しい出発に相応しかったと思う。

礼拝での話はこちらのリンクにあるんで、気が向いた人は聴いてくれたらうれしい。

ほんの数名しかいない小さな群れで、人間的な意味からすると、弱小化したと思われて当然の教会。

でも、負け惜しみとか抜きで、今すごく教会として充実している。礼拝だろうとバイブルスタディだろうと祈祷会だろうと、多分ある程度どんな場所でもできる勢いかも。

よく自分が聴いてるゴスペル中心のラジオ局の番組で、「Don’t just go to the church; be the church! (教会に行くだけじゃねぇ。てめぇが教会になれ!)」という標語みたいなのがあるが、正にそれに近づいてるのかもしれない。

昔、自分がまだ結婚する前、うちの教会の『青年会』の集会で、初代の牧師先生が言ってたのを思い出す。

「世の中には、港から出て行かない船のような、殻に閉じこもったクリスチャンが多い。ちゃんと出て行って、『この世』という海に沈まずに、しっかり進んでいけるクリスチャンに、みんなにはなってほしい。」

まだまだ色々と面倒なことが続いて当分落ち着けなさそうな気はするが、余計な伝統や形式に囚われることなく、「嵐を恐れず、雨の中で踊る」という気持ちで、神様に感謝しながら自由に航海していける教会でありたいと思う。

Jesus loves y’all!


『不沈艦』

[ ニューヨーク / プロレス / 信仰 ]

もしかしたら、今日ほど、たった5分10分程度のために、時間とお金を費やしたことはないかもしれない。

とはいえ、単に夢中になりまくってたわけでもなく、正直あまり期待もしてなかったが、それでも実行しなければいけないような使命感があった。

15年前、自分のウェブサイトに載せるために、ある人にクリスチャンとしての信仰の証を書いてもらいたいと思い、連絡先を知ってそうな色んな人達に依頼してたら、ある日突然本人を名乗る人がメールで送ってきてくれた。今まで会うことがなかったテキサス中部在住のその本人が、今夜ニュージャージーに来るという情報が入ってきたが、その場所が結構我が家から行くのに不便そうだったので、今回もまた会う機会がないと諦めてた。

だがなんと、昼間には、うちからもうちょっと行き易い場所にも来るとのこと。

現在、自分は過去3~4年の間に教会や(直接嫁さんやせがれが原因ではないが)家庭のことで溜まりまくったストレスにより、多少体調を崩していて、車ならば30分くらいで行けるとこだが、ちょっと自信がなかったんで、わざわざ2時間近くかけて電車で行った。

ニューヨーク市のほぼ東端にあるフラッシングという町は、台湾人や韓国人が多く、大部分が中華街または韓国人街っぽかったりして色んな店があるが、今日行った場所は結構外れの方で、特にこれといって何もない地域だった。

そこに小さなプロレスショップがあって、時々新旧の大物レスラーが来てサイン会をするんだが、今日は「有名人に会いに行く」というミーハー気分よりも、どちらかというと、「これを逃すと挨拶する機会がなかなか無いかも。」という思いで行ってきた。

プロレスのTシャツは何枚か持ってるが、今日はやはり故ブルーザー・ブロディのを着ていくしかないと思った。

過去20年近く使ってきた日本語の聖書も持って行くことにした。

そして、15年前に送られてきた信仰の証の英語の原文も印刷してバックパックの中に入れた。

初めて行く場所ということで、念のため早めに行ったもんで、とりあえず事前に友人が薦めてくれてた二件隣のイタリアン・デリで軽く昼メシ。喰い終わった後、店の前で時間を潰してたら、本人が車から降りてきた。

ブロディのシャツを見ると、ニヤっとして、「元気にやってるか?」と声をかけてきた。でも、引退して時間も経ってるし歳もとって縮んだのか、自分より大きいという感じはそれ程しなかった。

少しずつ列ができてきたが、自分より先に来てた二人がメシか何かでどっか行ってたので、自分が最初に入らせてもらえた。

まず、「これ、昔送っていただいたんですが、覚えてますか? 本当にご本人から来たものか、長年気になってるんです。」と言いながら印刷した証を渡した。最初の数秒間、「なんじゃこれ」とか言わんばかりの表情で読んでたが、途中で、「Wow… Oh my goodness… これ、確かに俺が書いたやつだよ。結構前の話だよな。」という返事が返ってきた。なので、プロレスサイト宣伝用の名刺も渡しといた。印刷した証は、本人が持って帰りたいとのことだった。

そして、持って来た聖書を開き、裏表紙にサインするようにお願いした。
聖書

「多分、聖書にサインしたのなんて初めてかも。」

「え? 英語の聖書にも?」

「ないなぁ…。」

「んじゃ、それもまた光栄ですね。大体、日本国外で日本人のクリスチャンってのもなかなか会えないでしょ?」

「確かにな。俺たち夫婦は、大和の教会に行ってたけど。」

「確か、カルバリーチャペルでしたよね?」

「そうそう。素晴らしい牧師だった。」

「いやぁ、本当、やっと会えて嬉しかったっす。」

「だな。驚いたよ。もしかしたら、今後も俺たちは連絡取り合うべきなのかもよ。」

社交辞令かもしらんが、日本で最も活躍した外人選手の中の一人であるスタン・ハンセンが自分にそう言ってくれたのは嬉しかった。

もちろん、業界ではあそこまでのレジェンドが、自分なんか覚えてて連絡してくるとも思えないけど、でも、彼のクリスチャンとしての信仰が、日本語を話す人達に、イエス・キリストを通して現わされた神の愛を伝えていく更なる機会につながってほしいという希望が大きくなった。

Jesus loves y’all!


海辺で洗礼

[ ニューヨーク / 信仰 ]

昨日、うちの教会は、21年の歴史の中で、初めて海辺で礼拝をした。

洗礼を受ける方がいらして、本人の希望で、海でやることに。いや、本人の希望じゃなくても、海でやるのを提案してたかもしれない。それ以前に、なんで今までやらなかったんだろう、という気がしないでもない。

オーチャードビーチに行った。ニューヨーク市内だがブロンクス区の端の方で、みんなが住んでいて教会もあるウェストチェスター郡ギリギリのとこにある。

ベンチに座り、受洗者の信仰告白を聞いた。

その後、牧師先生がみんなに話してくれたのは、受洗者本人が洗礼を受ける決意ができたのは、前週の礼拝で、うちの嫁さんがみんなと分ち合ってくれた中での「全て神様に委ねるべきだが、無責任になれという意味ではない。」という一言だったとか。それで、決断するのは自分自身だということに気付いたのだという。当日初めて教会のみんなの前で喋ったうちの嫁さんにも凄い励みになったと思う。

海で洗礼

礼拝後は、すぐそばのシティアイランドのシーフードレストランへ。毎年夏に教会の人達と一緒に一、二回は来る場所。

Johnny's Reef

その中で、昨年春、脳こうそくで倒れ、大分回復はしたが未だに言葉をなかなか発せない人が、倒れて以来初めてビールを飲んだ。一人洗礼者が与えられたのも勿論だが、これもまたみんなで喜び合った。

結構和気藹々な教会だが、牧師先生は今月末で帰国。

そしてうちらも、20年以上親しんできた建物から追い出される。

この先どうなるかは、正に「神のみぞ知る」ってやつだ。

そんな中での、楽しく、励まされた一日だった。

Jesus loves y’all.


サルーキ= in New York

[ ニューヨーク / プロレス / 信仰 / 音楽 ]

サルーキ= Live in New York

6年前、facebookで、ある人から友達申請をもらった。

最初、彼のプロフィールを見た時は、インディのミュージシャンか何かが、ネットワークを広げたいから適当に申請してんのかな、と思った。

写真を見ると、ステージの上を駆けずり回ってそうなロックバンドのボーカルの彼と、仕事してる時も、ビール飲んでる時も、ピアノを弾いてる時も、基本的に座ってることの方が多いこの自分では、何も共通点がないと思った。

だが、友達申請と同時に、メッセージも送られて来ていた。

クリスチャンだという。

それでもってプロレスファンらしい。自分がやってるサイトの中にクリスチャンのプロレスラー達について書いているページがあるが、その中のスタン・ハンセンの証を読んで、連絡したくなったそうな。

自分とは全然違い、彼はプロのミュージシャンだが、それでもロックやブルースが好きだという点でも共通していた。

更に、後日知ったのは、彼が、十代まで島根県江津市で育ったということ。自分は行ったことがないが、自分の先祖は江津で漁師の大将だったらしい。つまり江津の人間の血が自分には流れてる。死ぬ前に一度は訪れるべき土地だと思ってる。

2年前にも、バンドとしてではなくソロで、そしてそのバンドとは別に一人でギターの弾き語りをする奥さんと一緒にニューヨークに来たが、その時は他にも色々な人達が出演した長いイベントの一環だったし、時間も押してて、結局あまり会話もできずに終わった。

だが数ケ月前、今度はバンドのもう一人のメンバーも一緒にニューヨークに来るということを知ったので、すぐに連絡し、日程を抑えさせていただいた。奥さんも同伴。

テキサスで数日間活動した後、先週ニューヨーク入りし、金曜にはみんなで焼肉喰いに行った。予約がいっぱいだったんで、制限されて2時間弱だったが、それでもある程度色々話せたと思う。

そして夕べは、自分が2009年から主催者の一人して関わってる月例集会で、コンサート。

イベントが始まる直前、今回ニューヨークは初めてだという、もう一人のバンドメンバーが、ニコニコしながら、スマホで一枚の写真を見せてくれた。

「小学生の時に、この『LP』持ってたんですよ。」

入場テーマだけではなく、音声のみの試合実況などが入ってる、プロレスラーのアルバムのカバー。なんとここでもスタン・ハンセンだった。

日本は既に6月13日。8年前、広島での試合中、リング上で倒れ、そのまま他界した三沢光晴の命日だ。

色んな意味で、神による不思議な計らいを感じた。

当初は、バンドの二人と、どっかから見つけてきたパーカッションの三人でアコースティックライブになるという理解だったが、ふたを開けてみると、自分も知り合いの、この地元のクリスチャンのミュージシャン達との共演だった。現在二人でバンドとして活動しているそうだが、こうやって海外に出る際、地元のミュージシャン達と共に演奏するのって、本人達も楽しいだろうが、聴いてる方も親しみが沸いてなかなかいいんじゃないかと思った。

サルーキ= Live in New York

クリスチャンじゃない人達に聴いてほしい曲とかもあったんで、もうちょっとそういう方々にも来てほしかったけど、それはさておき、かなり盛り上がった。

お世辞抜きで、いつかまた是非呼びたいと思った。

Jesus loves y’all!


Chuck Berry (1926 – 2017)

[ ニューヨーク / 家族 / 音楽 ]

1998年のことだったと思う。まだ結婚前だった自分は、ニュージャージーに住んでたが、コネチカットに住んでた彼女(後の嫁さん)のアパートに結構入り浸りだった。

その頃は、行きたいコンサートはなるべく2人で行くようにしてた。レイ・チャールズもB・B・キングも彼女と一緒に行った。

スタンフォードでチャック・ベリーがコンサートをするとのこと。日本じゃまず観れない。行くしかないと思った。

ある日、日本の雑誌でが『ロックの神様』として紹介されてたことがあった。だとすると、ロック界におけるニックネームとしては、
親分 = ブルース・スプリングスティーン
王 = エルビス・プレスリー
父 = リトル・リチャード
神 = チャック・ベリー
ということになるんだろうか。

彼女はあまり興味なかったんだけど、当時ニューヨークに住んでた弟が話に飛びついてきた。

自分も弟も音楽が大好き。アーサー・アレクサンダーもトム・ウェイツも、ウィリー・デビルも、みんなあいつのおかげで知ることができた。チャック・ベリーなら、行きたいのは当然のことだった。

当日、弟は、ポケットサイズのジャック・ダニエルを上着の内ポケットに隠し、会場内でこっそり飲んでた。

コンサートは、往年のヒット曲の数々以外にも、結構ブルースっぽい曲もいくつかあり、期待してた以上に楽しかった。

自分は終始、切符に番号が書かれてる座席に留まってたが、酔っ払った弟は、席が空いてるのを見ると、どんどん前の方に進んでたっけ。

コンサートが終わり、会場を出た。

「おめぇは飲んどるけぇ、ええかも知らんが、わしもどっかで飲みてぇのぉ。腹も減ったし。」とか言いながら、入れそうな店を探そうとして歩き始めた。

すると酔っ払った弟が、結構大きな声で言った。

「なぁ、ひさくん。わしらぁ今、チャック・ベリー観たんよのぉ。チャック・ベリーで? わしゃぁ、もう、やることねぇ。死んでもええわ。」

兄弟揃ってニューヨーク近郊に住んでて、幸せだと思った瞬間だった。

RIP…