我が故郷、広島県比婆郡東城町のそば屋。日本各地から、東城に観光に来たらこの蕎麦屋に寄りたいということで来てる人も多く、いつだったか、北海道か東北のあたりから、「神戸まで来たもんで、ついでに…」と、わざわざ来た人もいた。車で2時間以上かけて喰いにくる人なんか普通。
前回の帰郷は3年前の3月。たった一週間だった。ある日、昼飯を喰った後、散歩がてらに立ち寄ってみた。加藤のおばちゃんは、自分の母教会の会員で、幼い頃から我々兄弟だけではなく、姉の子供達まで揃ってよく可愛がってもらってた。テレビの上にはうちの甥の写真まで置いてあった。正確には自分の祖母と同じくらいの年齢で、当時既に80歳過ぎてたと思うんだが、幼い頃からの癖で『おばちゃん』と呼んでしまう。
ちょっとだけ話をして、いざ帰ろうかと思うと、蕎麦を勧められた。昼飯もしっかり喰ったし、夕飯も予定が入ってたし、そのうえ段々痴呆が始まってると聞いてたから、ほんの一瞬どうしようか迷ったけど、やっぱ喰わずにはいられなかった。
その理由の一つとして、おばちゃんの蕎麦を喰わんと東城に帰ったきた気がしないってのもあった。『つなぎ』を使わず、そば粉100%での手打ち蕎麦なんで、慣れない人には美味しくないかもしれない。確かにその辺にある蕎麦とはちょっと違うけど、自分はそういう蕎麦も好きだ。
もう一つの理由は、「そば喰ってくか?」って聞かれた瞬間、もしかしてこれが最後になるのかもしれない、という気がしたからだ。店を去る時に、「また帰ってけぇよ。」って言われて、尚更そういう気がした。
おばちゃん、長い間ありがとう。あの日、全然腹へっとらんかったけど、いつもどおり美味しかったよ。今日からは天国でイエス様にもうまい蕎麦食べさせてあげれるんよね。おばちゃんの笑顔と蕎麦の味、忘れりゃあせんけぇ。
Jesus loves y’all.





わしは一昨年の12月に東城で一緒に礼拝したんが最後になった。そん時、おばちゃんがもう会えんじゃろうけどって言ってたんよな。。。やっぱ天国でも話ばっかりして蕎麦ができるまで1時間以上かかるんじゃろうな。
わしも、あの笑顔とつるつるの肌と蕎麦の味、忘れんで。
あと、天ぷらを売り歩いてる最中に、わしらを見かけた時の甲高い大声。思い出すのぉ~。
まだ町中を自転車で駆け巡る子供の数も多く、小学校前の某ショッピングセンターも出来る前で各商店街が賑っとった、古きよき時代の東城。懐かしいのぉ~。
加藤蕎麦のおばちゃんの葬儀(29日)に行って来た。死に顔は生前の微笑んでいるような綺麗な顔でした。小川牧師の後任の新しい横山牧師はおばちゃんのことは良く知らないはずだが皆に聞いて回ったらしく、よくその人柄を纏めて話されてた。参列者は机も満杯、壁際の椅子もフルでした。
本当におばちゃんのようにいつもニコニコと生有る事を感謝し、他人に対しだれかれ変わらぬ優しい心を持って接する事の出来るお人はもうこのご時世、現れないでしょうね。
今日5日連休の中日、教会の墓地に行ってきました。墓石は平らに斜めになって「復活」と刻んでありました。その墓石の下一面が水が溜まるようになって、お花の茎が水を吸うようになってるグッドアイデアです。
そこには、なんと!雑草が無いのです。それは小川牧師が「杉菜」の雑草と戦い勝利した結果だと妻から聞かされました。
良く見ると「杉菜」の若芽7~8本生えて来ておりましたので、妻と二人で退治しました。
ご冥福をお祈り致します。
おばちゃんいろいろ有難うね!
コメントありがとうございます。
小川家も、もう教会にいないし、加藤のおばちゃんもいないし、駅前橋もないし、んでもって比婆郡もないし、東城のことを想うと色々考えさせられます。