平和

[ 信仰 ]

小学校や中学校の頃は、夏休みの真っ只中なのに、この日は毎年登校日だった。原爆に関する資料を見たり、映画やドキュメンタリーを見たり、時には被爆者の体験談を聞く機会もあったんで、他の県の子供達よりは、『身近』に感じてた様な気がする。

今夜はマンハッタンで、VIP Clubの月例集会。ゲストメッセンジャーの牧師とは、もうかれこれ10年以上の付き合いで、彼もまた広島出身。もちろん話も『平和』がテーマだった。

彼の話のポイントは、本当の平和はこの世全てを創った神にしか判らないってのと、平和には一致・一体化が伴うってことの二つだった。

戦争に反対するのは簡単なことだけど、日常生活の中で、家族や友人、同僚などと、本当にいつも平和に付き合ってれるかというと、絶対そうじゃないし、その延長上にあるのが戦争だと。確かにそうかな。自分の言い分が通らないと、相手のことをしばきまわしたくなったり、口撃したりするのは極普通のことなんだけど、それを政治家同士がやっちゃうと戦争になってしまう。結局、先月の投稿でも書いたけど、世界平和とか偉そうに言ってても、自分の周りから始めてかないと意味ないってことなんだと思う。

それでも自我が邪魔するってのが人間。神に委ねないと難しいことが多い。確かに、委ねると急に心に平安が与えられるというのはよくあること。

以前マンハッタンで行った英語の教会での牧師の話を思い出した。「神に全てを委ねると、心に平安が訪れる。その反対に、信仰が弱い時とか、神とつながろうとしてない状態って、心配事や辛い事が増え、心が暗くなる。地獄とはその状態が永遠に続く、『神との完全な断絶』のこと。人間を愛するために創ってくれた神が地獄を創るわけがないし、好きで突き落とすわけもない。」

集会の後、他に出席してた人達と5人で近くのレストランでメシ喰った。帰る途中、すれ違いの女性がいきなり一緒にいた中のSさんに、「あんた、私から今$20奪おうとしたでしょ!」言いがかりをつけてきた。実はその人、最初にSさんに$20くれって頼んできて、断ったら、そういう行動に出たらしい。たまたまパトカーが通ったので、Sさんはすかさず「Help me!!!」と叫び、警官達に事情を説明しようとすると、その女性が割り込んできて、「こいつはアジア人だ。今私から$20盗ろうとした。」などと叫ぶ。明らかにドラッグやってそう。被害者じゃなかったのに思わず色んな汚い言葉で罵りそうになってた自分がいた。

結局いくら人間共が自分達の力だけでが頑張ったところで、本当の平和なんてくるわけがない。だからこそ神にしっかりつながってたいと、改めて感じた。