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夕べは友人の告別式。嫁さんと牧師の三人で行ってきた。友人といっても、50歳の女性なんだが、そういう人に対しても単なる『知り合い』ではなく、遠慮なしに『friend』という言葉が使えるのも、この国のいいとこかも。
彼女と初めて会ったのは、10~11年前、うちの教会に来始めた頃だった。
わざわざロングアイランドから週に二回教会に来ていた。まず土曜に来て料理の準備をし、翌日礼拝の後にその料理を出して、みんなを喜ばせていた。確かに、彼女の料理には愛がこもってて、本当に美味しかった。
その反面、いつも何か文句を言ってるような感じだった。電話してきても、誰かの批判や愚痴が多く、それだけで時間をとられることもあった。ただ、多くの団体やグループによくいる、電話やメールで他人の陰口や悪口をばらまくような惨めな人じゃない。本音と建前の使い分けや社交辞令なんかあまり知ってそうにない、一般の日本人社会から見たら『不器用』な人で、自分が間違ってると思うことは、本人に向っても平気で激しくまくしたてたりして、自分なりの筋を通そうとする真っ直ぐで純粋な人だった。彼女のそういうとこを気に入ってた。
牧師が変わり、うちの教会に来なくなってからも、時々電話くれた。相変わらず愚痴も多かったけど、色んな人達の近況を聞いてきて、多くの人達のことをずっと祈ってた。
去年の11月、脳に癌が見つかり手術を受け、その際に天国が見えたらしい。他の人からその話を聞いたのは確か今年の1月だったが、いつどうなるかわからないと医者に言われてたらしいので、そのうち会いに行こうかと思ってたら、一、二週間後、突然久しぶりにうちの教会に来た。キモセラピーでのステロイドかなにかで、顔も含め体全体が膨れ上がっていた。「来たよ。会いたかったからね。」って一言。礼拝の後の昼食の時には、彼女自身が見た天国について語り、うちら夫婦に、「二人のこと天国で待っとるからね。」とも。
3月に話した時には、「もしかしたら、神様は、もうちょっと私のことをこの世で使ってくれるかもしれない。その時には、一緒に日本人にトラクト配りに行こうね。」って言われ、普段だったら、「伝道はネット上と教会で。トラクト配るのなんて、面倒くせぇよ。」って言い返してたとこだろうけど、さすがに言えなかった。トラクト配るかどうかは別として、日本人に対する伝道という、クリスチャンとして自分に与えられているはずの使命が、また一つ大きくなった気がする。
しばらく音沙汰ないと思ってたら、8月か9月に再び手術をし、医者にはもう手の打ちようがないと言われたらしい。それを聞いて、約四週間前、「もしかしたら今回が…」という覚悟をして見舞いに行った。ご主人によると、見舞いに来てるのが誰かもわからないことがあるとの話だったが、それでも会いに行きたいと思った。
確かに記憶が結構ずれてたとこもあったけど、我々夫婦のことはわかってくれた。
独り言の様に神様と会話をしていた。「こんな体でお役に立てずにごめんなさい。」とか、「早くあなたのもとに行きたいです。」とか言ってたと思うと、こっちに「日本人社会に…、どうやって伝えていけばいいんだろうね。」と話しかけてきたり。我々夫婦に再び、「天国で待ってるからね。」とも。
死に直面してても、しっかり神様につながり、それだけではなく日本人にイエス様のことを伝えようとする姿を見て、改めてこの人の信仰って本物だと思った。
それが最後の会話だった。その6日後に見舞いに行った人によると、既に会話はできてなかったらしい。
告別式の会場となった教会で、最後に見た棺桶の中の彼女は、本当に『安らか』という言葉が似合う顔をしていた。
確かに口うるさいおばちゃんだったけど、笑顔が素敵で、若い時は結構可愛かったんだろうな…と思うこともあった。息子達が式のために用意したスライドショーを見てると、それが実感できた。
西青木良子さんを天国に送り出すためという意味では、素晴らしい式だった。
だが、友人がこの世を去るというのは、単純に寂しくもあり悲しいわけで、知らない人達が握手したり抱き締めに来てくれたくらい、あそこまで自分が顔をクシャクシャにして泣きまくったのは、前回いつだったか全く思い出せない。
それと同時に、なんか、いつか自分が天国に行く時の楽しみが、一つ増えたような気もする。




