死に際

[ プロレス ]

その昔、ある一人の、自分が大嫌いなプロレスラーがいた。

自分が渡米したのが1987年の4月。アメリカはプロレスのメッカだと聞かされていたが、それをテレビで見た日にゃ、その過度なエンターテイメント性に幻滅してしまった。

日本ではそこそこいい試合をしていたハルク・ホーガンを筆頭に、みんなプロレスというよりリング上でマンガをやってるようにしか見えなかった。

そんな中で、同年6月に、ダラスからWWF(現WWE)入りした、アルティメット・ウォリアー(以下UW)とかいうのがいた。これが、ホーガンよりもひどい。ホーガン以上の筋肉で、ロードウォリアーズのように顔面に色を塗りたくっている。その上、技術的には大したことない。要するに、自分が嫌いな典型的なタイプ。

でも、当時のアメリカのプロレスは、そんなキャラばかりが崇拝されていたので、UWもまた大人気だった。1990年には、不動の地位を占めていたホーガンからクリーンなフォール勝ちを奪った。正直、彼の試合でいいんじゃないかと思えたのは、それだけだ。当時は大学の寮に住んでたので、PPVも見れず、後日ビデオを借りた。それでも、この二人にしてはいい試合だと思ったんで、自分の中では上出来ってことなんだと思う。

とはいえ、元々興味がないんで、彼がその後どうだったか、あまり覚えてない。

1998年に、WWFのライバル団体WCWに参戦したのは覚えてるが、どんな試合をしたのか、全く記憶にない。

2005年、WWEは、UWを小馬鹿にしたDVDセットをリリース。自分も嫌いなレスラーだったとはいえ、過去に大活躍し、てめぇのとこに大金持ってきてくれた人間を、公にからかうようなDVDを販売したことに、WWE(…というか、会長のビンス・マクマホン)に、ちょっとした器の小ささを感じた。

その前後も、商標や名誉棄損などで、UWとWWEは争っていた。

ところが、今年になって、突如WWEは、改めて別のUWのDVDセットをリリースし、同じ頃に、2014年度のWWEの殿堂入りも発表。

先週の土曜に行われた殿堂入りセレモニーでのスピーチは、かなりダラダラと長かったが、自分にとっては、初めてUWを画面で見るのが楽しいという、貴重な瞬間となった。

殿堂入りを受諾したこと自体、WWEと和解したという意味だが、スピーチの中でも、ファンに対する感謝を何度も繰り返し、過去の名声よりも、いかに自分がいい夫、そしていい父親になるのを優先しているかということを語った。来場していた二人の娘達は、昔父親が、大勢集まったファンにとっていかに大きな存在だったか、その日、初めて感じたはず。

二日後の月曜日にもWWEの生放送に出演し、「全ての人間はいつか人生を終えるが、その人から影響を受けた人達によって、その人の本質と魂は永遠のものとなる。」と語り、前のDVDを含むあらゆる攻撃で侮辱を受けたけど、今またこうしてリングから挨拶できるのもファンのおかげだと、改めて感謝の意を述べた。

正直、この週末で、彼のことを多少見直しかけた部分もある。

だが、翌日、54歳で突如他界。

WWEや過去に不仲だったレスラー達との和解、そしてこの週末のスピーチの内容を考えると、本人は、自分の人生が残り短かったのを知っていたのかもしれない。クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーが他界直前に発表した『輝ける日々』(These Are the Days of Our Lives)を思い出した。

個人的には、誰かの死に方がかっこいいと思えたのは初めてだ。特に大嫌いなプロレスラーだとすると尚更だ。

もちろん、敵対していた人達と和解をし、これからの再出発を信じてた遺族の方々、特に幼い二人の娘のことを思うと、気の毒でしょうがないが…。

RIP.