『puroresu』

[ ニューヨーク / プロレス ]

昔からコンピューターが好きな自分は、二十数年前、大学の二年目くらいには既にCompuSERVEやProdigyなどといった、日本のNIFTY-Serveのようなオンラインサービスはもちろん、多くの一般人に普及し始める前のインターネットを使っていた。その中で、英語圏のプロレスファンたちと掲示板などでやりとりすることが多く、当時アメリカに住んでいた友人と二人で、いかに日本のプロレスが素晴らしいか主張し続けた。

特にその頃は、既に世界一のプロレス団体だったWWF(現WWE)なんて子供向けでしかなかったし、GLOWなどという「ええ加減にせぇや…」と思わせるような女子プロレス団体も存在し、日本のプロレスとは殆ど別物だった。

当然、盲信的に愛国心の強いアメリカ人達の中には、自分達の国以外で素晴らしいものがあると聞いただけで攻撃的になり、「日本のレスリング? みんな太ってケツ出してんのか?」とか、「背の低いド近眼の連中が走り周るだけだろ?」とか、偏見の強い意見を言われることも少なくなかった。

でも、国や言語を問わずにプロレス大好きっていう人達も多く、そういう人達が初めて日本のプロレスを見ると、非常に喜んでくれた。

そんな1990年代初期、うちら二人はネット上で、『Japanese pro-wrestling』ではなく、あえてローマ字で『puroresu』という言葉を使い始めた。

その頃既に、熱狂的なアメリカのプロレスファン達は、スタイルの違うメキシコのプロレスのことを、そのままスペイン語で『lucha libre』と呼び始めていた。

それとは別に、英語圏でも日本のアニメが人気が出始めていて、ビデオレンタルでも『Japanimation』というコーナーが増え始めていたが、これまたマニアックなファン達の間では少しずつ『anime』という言葉が使われ始めていた。

ならば、当時のマンガのようなアメリカのプロレスと差別化するために『puroresu』という言葉を普及させるのもいいんじゃないかと、そう思った。

一時期は、英語圏の『puroresu』ファンの間で、自分も有名だったことがあり、何度かラジオ番組でのインタビューの依頼もあったし、十数年前まではプロレス会場でも自分のことを知ってるファンはちらほらいた。自分のウェブサイトを見つけて連絡くれたドリー・ファンク・ジュニアと一緒にメシを喰いに行ったこともあった。とはいえ、もう昔の話だが…。

そして夕べは、クイーンズまで、長与千種率いる『Marvelous Puroresu USA』という団体の旗揚げ大会に行ってきた。

この興行の準備を中心的に進めたのが友人夫婦ということもあって、自分もネット上で宣伝しまくったり、地元の日本語新聞関係の人と連絡取ったり、近所の日本食料品店にビラを貼ってもらいに周ったりと、色んな形で手伝った。

でも、応援したかったもう一つ理由ってのが、やはり、長年この言葉を使い続けて、ついに名称に『puroresu』という言葉が入ったプロレス団体が登場したからだった。これまでにも存在したかも知らんが、少なくとも自分は聞いたことがない。

毎週金曜夜、うちの教会では祈祷会をやってるが、ここ数回は、このイベントのために自分もみんなに祈ってもらうようにお願いし続けてきた。

そして先週の金曜、自分が祈ると、続けて牧師も「彼女達の今後の活動が、日本の若い人達に夢と希望を与えることができますように」って祈ってくれた。

それで大事なことを思い出した。この言葉を広め始めた頃の自分にとっての『puroresu』の意味を。

アメリカのプロレスとは違い、『puroresu』は単に試合を見て喜ぶだけじゃなく、ファンが夢や希望を求めたり、見ることによって選手達の人生ってのを感じたり、励まされたりするものだったってこと。

正直、夕べのイベントが正にそうだったかというと疑問だし、主催者側からみて成功だったのかどうかは、自分は知らん。

でも、観客はみんな楽しんでたみたいだし、イベント終了後の選手達もいい表情をしてた。自分自身、何人か、10年以上振りに会った人達もいれば、ネットでしか連絡してなかった人達と初めて会えたり、また全く新しい出会いもあった。

20年以上『puroresu』に拘り続けてきてよかったと思った。