長年クリスチャンやってると、必要としている金額を持ってない人が、祈りまくって、ある日突然予想もしてないところから、まるで降ってきたかのように、多くもなく少なくもなく、必要な金額だけもらえたという話をよく聞く。金だけではない。家だったり車だったりすることもある。
最近も、ある日本語教会の牧師先生から、そういうことが何度もあったということを聞いた。
現在自分は、ある金額を早めに日本に送らなければいけないという課題がある。誰に対していくらの送金なのかは、ここでは伏せとくとするが、今の自分にとっては、到底すぐに出せる金額じゃぁない。
この数ヶ月、色々手を打ってみたが、全くうまくいかなかった。
そんな中、その牧師先生の話を思い出し、多少は勇気づけられた。
過去数年、うちの教会は、違う時間に礼拝をするということで、ある英語教会に建物を貸している。その中には、牧師夫婦以外でも、自分の顔を見ると声をかけてくれる人達もいる。
その中の一人、アメリカ人クリスチャン男性…ここではLとしよう…が、先週の日曜、普段は挨拶程度なのに、わざわざ自分の方に来て、「何かよく判らないが、君のために祈れって神様に言われてるような気がしている。最近、何か抱えてる問題はないのか?」って言ってきた。そこに、その英語教会の牧師も通りがかったんで、Lが牧師にも声かけて、自分も当然、どういう事情で、いつごろまでにいくら送金しなければならないのか、それに関連することで、ある人間が自分よりも精神的な負担になってること(もちろん自分にも負担だが、調達に忙しくて落ち込んでる場合じゃない)とか、詳しく話してみた。そしたら、二人が自分のために祈ってくれた。
やっぱ、自分の努力だけに頼るんじゃなくて、しっかり祈っていかないと、って思った。そのLは、二日後の夜、わざわざ電話してきてくれて、「多分あれから状況は変わってないよな? 自分には何もできないが、祈ってるから。」とまで言ってくれた。そういうのって、クリスチャンの無責任な社交辞令でしかないことも多いが、素直にうれしかった。
だが、その後も、また一件、借りれそうな可能性があったところから断られた。
その上、数日前、夜寝る前にベッドに寝転んで祈ってると、気づいたことがあった。
色々なものが与えられたと言っていた前述の牧師先生は、あくまでご夫婦で、四六時中神様に仕えようとしてらっしゃるわけで、彼らと比べると自分はよっぽど贅沢してるってこと。そして、もしかしたら、これまで何年も、その贅沢を我慢してきたら、すぐに日本に送金できてたかもしれないってことも。
とはいえ、聖書には神様は必要なものは与えてくださると書いてあることも思い出した。特に今回は、自分が贅沢するための金じゃないし、自分以上にこのことで精神的に負担になってる人間もいるわけで、何かしらの形で、必ず与えてもらえるだろうと感じた。
そして今朝、礼拝堂で、礼拝のためのピアノの練習をしていると、英語教会の礼拝後、下の階でお茶をしているはずのLが、再び自分の方にやって来た。
「これ、全額じゃないけど、受け取ってくれ。」
「はぁ!? んなことせんでも…。」
「いいから、取っとけ。」
「んなの、返せんっつうの。」
「返してほしくてやってんじゃない。」
「でも、自分はただ、祈ってほしいことはないかって言ってくれたから、自分の問題を伝えただけで、こういうのを狙ってたわけじゃないって。」
「だから、祈ってたら、こうしろって神様に言われたんだよ。これからも祈ってるから。」
後で数えたら、全額の二割。普通、時々挨拶する程度で、メチャクチャ親しいわけでもない相手に、あげる額じゃない。
礼拝の後、Lの携帯にテキスト送り、改めてお礼した。いつになるか判らんし、少しずつになるけど、いつか必ず返したいということを伝えたら、間もなく返事が来た。
「その必要はない。イエスにあっては、お前も(Lとは一回くらいしか会ったことない)お前の家族も、俺の家族だから。」
正直、今でも驚いているというか、戸惑ってるというか…。
もっと早い段階から、強い信仰と確信を持って祈り続けてればよかったんだけど、多額の金をもらったもんだから「やっぱ神様すげぇよな。」って、やっと感じることができたという自分に対する腹立たしさもある。所詮、人間の弱さってその程度のもんだと言われればそこまでだし、こういう経験を積み重ねて、信仰も強くなっていくんだろうけど。
思えば、そのLは、これまでも二度、今回のようにあっちから声かけてきて、彼の教会の牧師にも頼んで一緒に祈ってくれたことがあった。
初めての時は、当時こどもがいなかったうちら夫婦のために。おかげで、せがれも二歳。
前回は、母ちゃんが亡くなって、親父も脳梗塞を患ってるってことを伝えた時。結局、親父も間もなく逝ったが、一年前に礼拝でも話したとおり、自分の人生そのものが奇跡だったってことに気づかされた。
もちろん、彼ら以外にも、自分や自分の家族のために祈ってくれてる人達は何人もいる。だから、自分も、自分達のことだけではなく、他の人達のためにも祈り続けていかなければならないってことを、再確認させられた。
ここにも書いてるが、幼い頃、親父が教えてくれた聖書の言葉、「絶えず祈れ。」ってやつ。これからも、しっかり心に刻んでおきたいと思う。
7月24日追記
とりあえず、その人に全額お返しすることができた。一緒に昼メシも喰ってきた。
色々あるけど、やっぱ、持つべきものは友やね…。




