Jesus: the Gospel according to Hisa:

New York State of Mind


1998年10月

   1987年の春に渡米して結構な年月が経つ。十年以上経った今でも、数ヶ月に一度くらい、「あ、わし今アメリカにおるんじゃのぉ」というのをしみじみと感じることがある。 特にここ数年はニューヨーク周辺に住んでるせいか、「こうしょっちゅうマンハッタンに来るなんて、昔じゃ想像できんかったわい」と思うこともよくある。

   自分は、他の子どもたちと同じような感じで小学校の一・二年はピアノのレッスンを受けてたが、二年ちょっとで止めてしまった。誰にでもあることだけど。

   小学校の六年になったころ自分は『電子工学』というものに興味を持ち始めて、通信教育まで始めてしまった。その課程の中でラジオを二、三つ作った。 最後に作ったラジオは、広島県の山奥でも関東地方のラジオ局が聞けるという、結構高感度なもので、毎晩隣の部屋に寝ている祖母に内緒で、イヤホンをつけてこっそり深夜放送を聞いてた。 その中でも文化放送の『ミスDJリクエスト・パレード(の最初の30分くらいだけ)』とニッポン放送の『オールナイト・ニッポン』はよく聞いていた。 ある日その「オールナイト・ニッポンが始まるまでは我慢!」と自分に言い聞かせながら聞いていた「ミスDJ」で、ある歌が流れてきた時に、「おぉ!」と目が覚めた。 当時、「田舎もんはヘビメタファンが多い」とよく言われてたようで、自分の周りにもメタルしか聞いてない連中が多かったせいか、彼の曲がかなり新鮮に聞こえた。その時は曲名も歌手名も覚えてなく、それから何度も「今晩こそは眠らずに誰の曲か覚えとくぞ!」という夜が続き、ある晩やっと 『 ビリー・ジョエル』という名前を耳に入れることができ、それ以来夢中で彼の曲を探り始めた。 そのうち自分は ビリーの音楽のルーツを求める様になり、その中でビートルズレイ・チャールズの音楽を知るようになった。

   そういった色々な音楽を聴くようになり、いつしか自分は昔ピアノを止めたことを後悔し始めた。高校に入って、小学校の初期に教わってた先生から再びレッスンを受けるようになった(とはいえ、その先生は教会でオルガンを弾いてらしたので毎週顔は会わせてたんだが)。

   高校に入学する前に既に米国留学の話があった自分は、心の奥で『U.S.A.= Ray Charles → Billy Joel = piano + New York』という勝手な公式がなりたってた。 なんだかんだで、親の薦めもあって高校一年だけ日本にいて、その後留学をすることにした。

   渡米したときは自分はまだ16才だった。さすがに渡米一年目だと、全然英語も喋れず、テネシーのど真ん中の『白人様様』の学校では殆ど楽しいこともなく、いつしか自分にとってピアノというのは寂しさを紛らわすための道具となっていた。 毎週チャペルでの朝礼で賛美歌こそ弾いてたけど、どちらかというと放課後好き放題にピアノを弾きまくるときが一番楽しかった。

   1989年、ただ単にやけくそで二年間高校でピアノを弾いてた後、テキサスの大学に入学することが決まった。その学校がたまたまジャズで有名な学校で、コンピューターを専攻に決めてた自分は無謀にもジャズとの double major (二重専攻)を狙い始めた。 だけど、さすがにコンピューターと音楽の両方の掛け持ちというのは、それ以外の単位も取らなければいけない学生にとってはかなり時間的に無理があった。 特に、高校になって再開してからもまともにクラシックの教育を受けてなかった(レッスンこそは受けてたけど、まじめに練習してなかった)自分は、技術の無さに劣等感さえ感じていた。 その大学のジャズ教育のやりかたに不満があったという理由もあったけど、結局「こっちの方が金になる」という理由でコンピューターの方に進んでしまった。 不思議(?)な事に、その頃からピアノを弾く回数がかなり減り、同時に酒の量も増え、挙句の果てにはマリファナも吸うようになった。お蔭で大学を出るのに六年かかってしまった。

   振り返ると、高校の最後の頃、自分がチャペルでピアノを弾いてる時、いつもある女の子がそばに座って聴いてくれてた。 大学に入ったあとも、彼女とは遠距離恋愛のような中途半端な関係が続いてたけど、少なくとも自分にとっては、高校生活での『独り善がり』のピアノが、その頃は「聴かせてあげる相手がいる」ピアノになっていた。 その子と別れたのが、ちょうど大学で音楽をまじめに取り組めなくなったころだった。「今まで何の為にピアノ弾いてきてたんだろう」と思い始めたのもその頃だった。それ以来、『暇潰し』とか『酔った勢い』くらいでしか弾かなくなってしまった。 ただ、「飲み屋でピアニストやって、飲みに来る人たちの心を慰めれるくらいには上手くなりたい」という気持ちはいつもあった。最初渡米した頃に夢見てた「piano + New York」という公式がなかなか頭からはなれず、いつもニューヨークにこだわりを持ってたような気もする。

   大学院に入って一年経った頃、自分はニューヨーク郊外のウェストチェスター日本語教会(現ニューヨーク日本語教会)に行くようになった。そこで改めて自分がクリスチャンであり、それがどういう意味なのかということを思い出させられた。 約二年経ったころ、それまで毎週賛美のピアノを弾いていた宣教師が日本へ伝道のために教会を去ることになり、牧師から「礼拝でピアノやってみませんか?」という話があった。 最初は、「まぁ、こういうきっかけがないと、自分も再びまじめにピアノを弾くことがないだろうから、やってみるか」という、かなり高慢な理由で引き受けようとしていた。 ちょうど同じ頃、自分が小学校一・二年、高校一年と習った最初のピアノの先生が亡くなった。それまでの数年間はすでに痴呆症だったんで、亡くなったと聞いた時も殆どショックじゃなかった。 ただ、その話を聞いた夜、祈りの中で、「何故あまり悲しくないんでしょうか。」と神様に祈り問い掛けた。 その時反対に、「あの先生はお前にとって誰だったのか。」って問いかけられた様な気がした。 もちろん「最初のピアノの先生でした。」としか答え様が無かったけど、今度は、「だったら何が言いたいかわかるだろ。」って神様から言われた様な気がした。 「高校でピアノを再び始めたころの心に戻ってみろ」、という事だった。ただし今回は自分のためだけでなく神様のためだ。

   それ以来毎週教会でピアノを弾いてるけど、今の自分のピアノは独り善がりでも自己満足でもない。たまに上手く弾けるとそうなりかける時もあるけど、そんな時は大抵失敗する。常に浮かれない様にも祈ってる。 今までは、自分が今でも大好きなビリー・ジョエルとレイ・チャールズのデュエット曲『Baby Grand』の様な、女や友達の代わりに自分を慰めてくれるピアノだったけど、自分が持ってる賜物を神様の為に用いさせてくれてるという事実に感謝してる。 腕前はお世辞でもプロ級とは言えないと思うけど、自分が弾いてて幸せなのは事実。

   たまに日曜の夜、礼拝が終わった後に車を走らせてて「そういえば自分はニューヨークにいるんだなぁ」と想うことがあるけど、結局形こそは違っても、神様はニューヨークでピアノを弾かさせてくれてる。 それも自分なんかが人々の心を慰めようとするのではなく、イエス様が完璧な愛で人々を慰める事ができる場所でだ。 これも奇跡って言うんだろうな…。


2005年8月追記

   2005年7月遂に、ハーレムで行われたコンサートに、ゲストとして参加させていただいた。本番直前まで緊張していたが、ピアノの前に座ると、何故か落ち着いた。大げさに聞こえるかも知れないが、実際弾いている最中には、もはや演奏しているのは自分ではないと思えるくらい聖霊の臨在を感じた。その際に録音した曲目はこちらからMP3でダウンロード可。


New York State of Mind

by Billy Joel

Some folks like to get away
Take a holiday from the neighborhood
Hop a flight to Miami Beach
Or to Hollywood
But I'm taking a Greyhound
On the Hudson River Line
I'm in a New York state of mind

I've seen all the movie stars
In their fancy cars and their limousines
Been high in the Rockies under the evergreens
But I know what I'm needing
And I don't want to waste more time
I'm in a New York state of mind

It was so easy living day by day
Out of touch with the rhythm and blues
But now I need a little give and take
The New York Times, The Daily News

It comes down to reality
And it's fine with me 'cause I've let it slide
Don't care if it's Chinatown or on Riverside
I don't have any reasons
I've left them all behind
I'm in a New York state of mind

It was so easy living day by day
Out of touch with the rhythm and blues
But now I need a little give and take
The New York Times, The Daily News

It comes down to reality
And it's fine with me 'cause I've let it slide
Don't care if it's Chinatown or on Riverside
I don't have any reasons
I've left them all behind
I'm in a New York state of mind

I'm just taking a Greyhound on the Hudson River Line
'Cause I'm in a New York state of mind



Copyright © 2005-2026 Hisaharu Tanabe.
Privacy Policy
Site hosted by Arisu Communications